(ふじおかむら)
【近代】
明治39(1906)年~昭和53(1978)年の西加茂郡の自治体名。三河高原と尾張丘陵にまたがっていて稜線には三国山(701m)と猿投山(629m)が連なる。江戸時代の藩政村が合併を繰り返したのち、明治39年に成立。合併各村の大字を継承した次の19の大字(大岩・三箇・白川・木瀬・御作・上川口・下川口・西市野々・石畳・北曽木・折平・上渡合・北一色・石飛・飯野・迫・深見・田茂平・西中山)からなっていた。その後、昭和53年の町制施行を経て、平成17(2005)年に豊田市に編入された。明治17年の地籍帳からのちに藤岡村となる各村の土地利用データを総計してみると、田317町、畑105町、宅地41町、山林原野2456町であり、同じく明治24年の「徴発物件一覧表」の総計は、戸数944、人口4252人(うち、男性2165人、女性2087人)であった。
『新修豊田市史』関係箇所:4巻380ページ