(ふるぎ)
【民俗】〈衣生活〉
衣服が貴重だった時代には、着物は仕立て直しを繰り返し、古着も流通して再利用された。特に昭和20年代は戦後の食糧難の時代であり、米との交換もあって、古着の流通が盛んだった。当時、古着の行商をしていた旭地区の話者は、競り市で中古品を購入し、行商で販売をしていた。競り市は豊田(平戸橋、梅坪など)や岡崎で定期的に開催された。あらゆる衣料品を扱ったが、絹物、大島、木綿等の女物が多く、紋付、花嫁衣装、羽織、袴、背広や洋服もあった。着物は品質の見極めが難しく、しょう(性)が抜けているかどうかの判断も難しい。一回の競り市でだいたい30点から40点くらい購入したという。行商は自転車で日帰りできる範囲で、旭町全体とその周辺地区を回った。当時は衣料品に困っている人も多かったので、古着はよく売れた。特に新米の収穫時期には米との交換が多くなった。仕入れた古着は一カ月で全部売り、売れ残りは再度競り市で売ったという。〈衣生活〉
『新修豊田市史』関係箇所:15巻289ページ