勾玉

 

(まがたま)

【考古】

C字形に湾曲した形状の玉で、丸く膨らんだ一端に紐を通す孔が穿たれている。牙・骨製、土製、石製、ガラス製の製品があり、孔に紐を通し連ねて装身具として用いられた。縄文時代に出現したものは不定形で、弥生時代に定形化し、古墳時代には石製の勾玉が量産化されて盛行した。勾玉が出土した市域の集落遺跡および遺構としては、縄文時代の旭地区落合遺跡(石製)および猿投地区神郷下遺跡(晩期、土製)、弥生時代の上郷地区川原遺跡の中期後葉の包含層(1点、翡翠)および後期の墳丘墓周辺(2点、翡翠)、終末期の挙母地区梅坪遺跡のSB834(1点、翡翠)、高橋地区南山畑遺跡のSB06(1点、石質不明)があげられる。古墳時代の勾玉は後期古墳11基から出土しており、そのほとんどは石製品(瑪瑙・碧玉・翡翠・水晶・蛇紋岩・その他)である。ほかに挙母地区の高根1号墳から赤彩された土製品が出土している。最も多い6点が出土した猿投地区藤山1号墳の勾玉の石質をみてみると、瑪瑙2・碧玉2・翡翠1・水晶1点と多種にわたっている。なお古墳時代には、勾玉を模した石製模造品も作られている。

『新修豊田市史』関係箇所:1巻128・349・455ページ、18巻126・546ページ、19巻550ページ

→ 秋葉・高根古墳群落合遺跡神郷下遺跡石製模造品装身具