松平東照宮

 

(まつだいらとうしょうぐう)

【現代】

松平町(松平地区)に所在。当初は八幡宮と称し松平家の屋敷神であったが、元和5(1619)年に同家9代尚栄が久能山から東照権現を勧請して合祀、以来、権現様とも称され、尊崇を集めてきた。昭和41(1966)年には松平家の始祖親氏を合祀して松平神社と改称、昭和58年に改めて八幡神社松平東照宮(略称松平東照宮)となり、現在に至る。境内は親氏以降、累代の居館の跡と伝わる松平氏館跡であり、松平氏が代々その水を産湯に用いたとされる「産湯の井戸」や松平氏にまつわる資料や文化財を展示する松平郷館などがある。松平東照宮が所在する松平郷は、松平町の時代から観光資源として注目されてきた。平成に入り、松平東照宮、松平城跡(松平氏の居城跡)、高月院(松平氏墓所が所在)などの松平氏にまつわる歴史資源を自然と歴史的景観のマッチした歴史公園として整備するという方針のもと、松平東照宮から高月院にかけての2 haが松平郷園地として整備され、平成12(2000)年には前述の松平氏館跡や松平城跡、高月院に大給城跡(大給松平氏の居城跡)を加えた4か所が松平氏遺跡として国の史跡に指定された。一方、松平東照宮では平成27年の徳川家康公400年祭記念大会の開催に際して、松平地区で見られる季節の草花が描かれた108枚の漆絵からなる格天井画が公開され、新たな観光資源として注目を集めている。


→ 高月院松平郷館、、松平氏遺跡