(みふねじょうあと)
【考古】
猿投地区御船町島田の御船川右岸の狭長な扇状地性平坦面に立地する中世城館遺跡。周囲を段丘上位面(挙母面)で囲まれた盆地状地形内に築かれている。文明2(1470)年に児島右京之亮義明が御船、亀首、加納の地を領有し御船に城を構えたとする説(『猿投町誌』)があるが、詳細は不明である。平成13(2001)・23年に発掘調査が行われ、堀、区画溝7条、掘立柱建物跡4基以上などの遺構が確認され、城は方形居館であったと推定されている。遺物は16世紀中葉~17世紀の陶磁器や土器類が出土している。
『新修豊田市史』関係箇所:2巻498・555ページ、20巻216ページ