(やはぎがわとうがんかいどう)
【近代】
西加茂郡平井村から長野県下伊那郡根羽村を結ぶ街道。明治14(1881)年、矢作川東岸(左岸)の平井村から長野県根羽村を結ぶ約56kmの新道建設が許可された。その背景には、現在の旭地区あたりの矢作川筋の村々にとって道路の幅が狭く、荷車の通行にも支障があったこと、水害が重なったためであるとされている。明治25年3月、東加茂郡郡会議長代理大河原新八は矢作川東岸街道を美濃街道や下山街道とともに、里道から県道に昇格するように求める建議案を愛知県知事千田貞暁に提出したが、県道昇格は叶わなかった。
『新修豊田市史』関係箇所:4巻138ページ