(やましたし)
【古代・中世】
三河国保久郷(岡崎市)を所持していた武士。室町幕府の奉公衆のうち、二番衆を務める。康正2(1456)年には、保久郷から内裏造営の段銭として2貫508文を納めている。長享年間から明応2(1493)年2月にかけて奉公衆としての職責を十分に果たせなくなっていたようであるが、大永~享禄年間(1521~32)や永禄6(1563)年には奉公衆の番帳に二番衆としての山下氏の記載が確かめられる。長享年間から明応2年にかけて、大給松平氏と戦いがなされたかと推測されている。
『新修豊田市史』関係箇所:2巻404ページ