鶴ケ島の降水量

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日本の降水量は平均一、七〇〇ミリを超え、いわゆる先進国としては異例の量といわれており、世界の平均の二~三倍の多雨の地帯である。中でも、三重県の尾鷲が年間四、一〇〇ミリと飛び抜けて多く、次いで八丈島と奄美大島の名瀬の二ケ所が三、〇〇〇ミリを超える。逆に一、〇〇〇ミリを割るのは北海道に二ヶ所と長野市の計三ヶ所に過ぎない。
 このように、日本は降水に恵まれているが、だからといってこれがそのまま使える水が多いということにはならない。傾斜が急で河川の流長が短いため、必ずしも人にとっての水は豊かというわけでもない。また山岳地での豪雨は短時間で流下するため、平野部は洪水による害を頻繁に受けることになる。埼玉県は利根川、荒川を抱えているため、東部地域は度々水害を受けてきた。しかしまた、このことが日本の農業の主体をなす稲作を支えるもとともなっている。
 埼玉県の降水量は、熊谷で一、二〇〇ミリ台と、多雨の日本の中ではかなり少ない。熊谷は、県内でも降水量の少ない地域に属するが、南部の名栗、飯能といった最多雨地帯でも一、七〇〇ミリ程度と全国平均並である。
 図―10は、鶴ケ島、浦和及び秩父の平均降水量の月別変化をグラフ化したものである。

図1-10 平均降雨量の月別変化
『埼玉県の気候』から作成

 鶴ケ島の年降水量は一、四五三ミリで、県の平均を若干上回るが、それでも全国平均よりは大分少ない。季節的には、五月から一〇月にかけて降水量が多く、一一月から四月にかけて少ない。六月から七月の多雨は梅雨のためで、九月頃のそれは秋霖と台風が原因である。
 高麗川扇状地の扇央部に位置し、河川としてはいく筋かの小河川が谷を刻むだけの鶴ケ島では、降水量の作物に及ぼす影響は極めて大きい。日照りが続くとしばしば干害が起る。特に梅雨とその前後に降る雨の多寡は、収穫量に直接響くとあって、人々は強い関心を寄せたものであった。この時期の雨は文字通り恵みの雨であり、雨が少ない年には、前章で見てきたように雨乞いを行なったものである。熊谷地方気象台が観測を開始した明治三〇年(一八九七)より農業が鶴ケ島の産業の中心であった昭和四〇年(一九六五)までの六九年間に、熊谷の降水量が一、〇〇〇ミリを割った年は五年あるが(表―2)、実にこのうちの三ヶ年(昭和八、九、三九年)で雨乞いを行なっている。このことからも、雨の恵みに対する期待の大きさを知ることができるだろう。
表1-2 年間雨量が1000mm以下の年(1897~1965年)
単位:mm
総量24時間最多左の月日降水日数
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
昭和10.821.933.555.6157.999.039.0152.5238.266.515.756.5937.190.89.17112
  818.28.867.759.335.670.8132.991.028.1134.552.239.2738.336.77.30133
  91.419.241.9126.357.1121.996.275.7157.7152.850.944.0945.151.49.0120
  150.027.919.760.846.0169.072.9316.6157.264.844.33.2982.4108.46.17109
  3963.636.557.369.851.1104.193.5137.6125.1107.225.842.4914.039.37.9144
『埼玉県の気候』から作成