3 先祖の遺産 コナラ―クヌギ林(雑木林)

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 鶴ケ島の自然は、原植生をとどめていないが、小さな谷をはさんで、ゆるい斜面や台地上にひろがる雑木林やアカマツ林と水田、畑、屋敷林が織りなす景観は、ふるさとの自然の代表的なものである。こうした景観も年々に失われ、残り少なくなっているけれども、この自然の主役をなしているのが四季折々に彩りの美しい雑木林であり、雑木林の代表的な一つがコナラ―クヌギ林である。

屋敷林をもった景観

 コナラ―クヌギ林はどのようにして成立したのだろうか。
 コナラ、クヌギが優占したこの雑木林は、昔から薪炭材の供給として、最近はシイタケ栽培のほだ木の材料として一五~二五年に一度伐採が繰返されてきた。その都度、コナラなどの切株から、二、三本以上の幹が、萌芽し、成長して林が再生する。そのため雑木林は、コナラなどの木の幹が二、三本、多いときは数本の幹が株立ちした特徴がある。このような形の林を萌芽再生林などというときがある。
 雑木林はまた、毎年定期的に落葉かきや下草刈りが行われ、水田や畑の堆肥づくりの材料に利用されてきた。
 雑木林は、私たちの祖先が、長年にわたって、伐採、下刈り、落葉かきなどの一定の管理を行うことによって、成立した林である。そして、薪炭材や堆肥材料として、生活や生産に利用しながら、人工的に維持してきた林である。
 一定の生産物を持続的に得られるような、優れた自然の利用として維持管理されてきた雑木林は、貴重な祖先の遺産といえる。
 現在の鶴ケ島の雑木林は残り少なくなっている。三ツ木北部や新所沢変電所附近にまとまった面積を持っている林が見られるほか、高倉日枝神社、上広谷などに小規模のものが点々と見られる。
 雑木林は、多くの種類の木や草が生活している。これらの植物は、高木や小高木、低木、草などが、それぞれの性質に応じて階層を作り、立体的に住み分け、林を作っている。鶴ケ島町内数ヶ所のコナラ―クヌギ林の組成を示すと表―5のとおりで、実に多くの種類から成り立っている。
表1-5 コナラ―クヌギ林の組成
逆木池北高倉日枝神社所沢変電所東上広谷ごみ焼却場北逆木池北
高木層高さ(m)131212141213
植被率(%)859080709085
亜高木層高さ76788
植被率3530303045
低木層高さ1.712.52.532.5
植被率40135304055
草本層高さ0.80.70.60.40.70.4
植被率707080607040
出現種数595457697476
高木層コナラ43424
クヌギ421
エゴノキ
クリ11141
ヤマザクラ121
アカマツ12
ゴンズイ
ケヤキ2
ハンノキ
シラカシ1
ウワミズザクラ
スギ1
亜高木層コナラ
エゴノキ223121
ガマズミ1
ゴンズイ2
ウワミズザクラ
ヤマウルシ
フジ
カマツカ
エノキ
カキノキ
ヒノキ2
アラカシ2
低木層コナラ
ヤマコウバシ121
シラカシ1
サワフタギ1
エゴノキ
ガマズミ11
ゴンズイ11
ムクノキ
クリ
ウワミズザクラ11
コマユミ1
ムラサキシキブ
ツルウメモドキ
サンショウ
ヤマツツジ1
ヤマノイモ1
トコロ
アオツヅラフジ
ヤマウルシ1
フジ2
ウメモドキ111
マユミ
カマツカ1
エノキ11
カキノキ
タラノキ
スイカズラ
ヤマザクラ
ナツヅタ
ミズキ
ミツバアケビ
ネムノキ
アオハダ
ツリバナ
ニシキギ
アズマネザサ
イヌツゲ
サルトリイバラ
ヒノキ2
アマチャヅル
イボタノキ2
ノイバラ1
ニワトコ
ヘクソカズラ
ヒサカキ
スギ
リヨウブ
ウツギ
草本層コナラ
ヤマコウバシ
シラカシ
ホソバヒカゲスゲ2211
サワフタギ
ワラビ
イチヤクソウ
ササクサ
ヒカゲスゲ1
ツユクサ
クマノミズキ
ヤマウコギ
エゴノキ
ガマズミ
ゴンズイ
ムクノキ
クリ
タチシオデ
コマユミ
ウワミズザクラ
ムラサキシキブ
ツルウメモドキ1
ヤマノイモ11
サンショウ
コチヂミザサ2314
トコロ1
アオツヅラフジ
ヤマウルシ
フジ1
マユミ
カマツカ
カキノキ
スイカズラ21
タラノキ
アケビ22
ヒメカンスゲ1
ナツヅタ111
ミズキ
ミツバアケビ
ネムノキ
ケヤキ1
クマヤナギ
レンゲツツジ
ヌスビトハギ
オオバギボウシ
アズマネザサ34
イヌツゲ
サルトリイバラ
ノガリヤス1221
ミツバツチグリ
シラヤマギク
ノブドウ1
イボタノキ
ヒヨドリバナ
ヒメヤブラン
ハエドクソウ1
ノイバラ
オオバジャノヒゲ21
ニワトコ
アシボソ
ヘクソカズラ
ヒサカキ
タチツボスミレ1
シュンラン
ヒナタイノコズチ
クサボケ
アキノキリンソウ
オトコエシ
オケラ
ヤブコウジ
アラカシ
エビヅル
ヌルデ
イノコズチ1
ヤブラン
ハリガネワラビ
ジャノヒゲ21
ニガナ


コナラ―クヌギ林

 高木層には、コナラ、クヌギ、クリ、エゴノキなどの萌芽力の強い樹種が優占し、その他ヤマザクラ、ウワミズザクラが多く残されている。ヤマザクラはソメイヨシノの開花に先立って淡紅色の葉と花を開いて林を彩り、日本的な情景をそえる。ウワミズザクラは五月に、多数の白花が尾状に垂れさがり(上を見ず)名のいわれとなっている。初夏には小さなさくらんぼを多数つけて、多くの鳥たちを呼び寄せているのが見られる。
 春の新緑は、微妙な色の変化が美しく、雑木林は四季折々に、美しい彩りを見せてくれる。低木層の木々も、新緑、紅葉、花、果実が多彩である。春から夏にかけて、ヤマツツジ、レンゲツツジ、エゴノキ、カマツカなどが華やかな花をつける。秋の紅葉も、ヤマコウバシ、クサギ、エノキが黄色、ガマズミ、ヤマウルシ、ヌルデが紅色、コナラが黄褐色、クヌギが茶色に色づき、これらが織りなす雑木林の紅葉は、山の華やかな紅葉と異なった趣きがあって、捨てがたい雑木林の味となっている。ガマズミ、ウメモドキ、ムラサキシキブ、ニワトコ、ツルウメモドキ、クサギ、ニワトコなどの赤や紫などの華やかな色どりが、紅葉を背景として美しい。
 コナラ―クヌギ林は、アカマツ林と異なって、一般に肥沃な土地に成立しているうえ、春新緑におおわれるまでの間は、林内も明るく、様々な野草たちの生活場所となっている。
 春から夏にかけて、ミツバツチグリの黄花、シラヤマギク、ヒヨドリバナの白花、タチツボスミレ、ヒメヤブラン、ホタルブクロ、ウツボグサの紫花、クサボケの赤花などが、また秋にはノコンギク、ユウガギク、アキノキリンソウ、ノハラアザミなどが林内や林縁を彩る。
 林の縁には、低木やつる植物が帯状に分布し、さらにその外側には、いろいろな草が生活している。林を人になぞらえマント群落、ソデ群落と呼んでいるもので、低木ではヌルデ、エゴノキ、ヤマグワ、アカメガシワ、クサギ、イヌザンショウなど、クズ、ヘクソカズラ、ノイバラ、ツルウメモドキなどのつる植物、草では大型のヨウシュヤマゴボウやハルジョオン、ヒメムカシヨモギなどの帰化植物が多い。
 雑木林は、最近林内の下刈りや落葉かきが以前ほど頻繁に行われなくなった。雑木林に人手が加わらなければ、林はどのようになるのだろうか。
 雑木林は前に述べたように、定期的な伐採や下刈り、落葉かきが行われることによって維持されてきた林であり、これらの林に対する人の働きかけが弱まると、自然の法則に従って林にいろいろな変化がおこってくる。
 林内に生活している低木や高木の若木が一揃に成長し、低木層は繁り、林内に足を踏み入れる余地がないほどの状況も見られる。しかし、このような状態はいつまでも続かない。林内に低木が繁ることで林内は一段と暗さを増し、一度繁った低木の中にも陶汰がおこり、ある種類はより高く成長し、ある種類は枯死し、高木層、亜高木層、低木層、草本層がそれぞれに調和し、見た眼にも整った、森林本来の姿に変わっていく。
 高木層を優占しているコナラやクヌギは、成長に十分な陽光を必要とし、このような性質の樹木を陽樹といっている。陽樹の若木は、林内で育つことができず、コナラ林であっても、低木層にコナラの若木を欠いている。陽樹はその後継ぎともいうべき後継樹を林の中で育てることができない。
 雑木林で、将来、コナラに替って高木層を作りうる高木の若木や幼樹を、低木層や草本層の中から探すと、極めて種類が限られている。鶴ケ島の雑木林ではシラカシ・アラカシだけである。シラカシやアラカシだけに限られていることは、鶴ケ島の地質を反映したものと考えられる。
 シラカシ、アラカシは代表的な照葉樹であり、冬の雑木林では注意すればすぐ判別できるし、その数量の多少もおおまかに知ることができる。鶴ヶ島の雑木林では照葉樹の若木は一般に少ない。
 現在の雑木林が、仮りにこのまま、長年月にわたって放置されたとすると、百年~二百年と推定されているが、様々な経過を経て、最終的にはシラカシが高木層を覆った照葉樹林に変わって行くし、一段と暗さを増す林内は、亜高木層や低木層もツバキやヒサカキなどの照葉樹の小高木や低木に置き替わって、シラカシ林が成立すると考えられている。
 雑木林はこれまでの、主に薪炭材や堆肥材を供給する目的から、最近は、生活環境を維持するための多様な機能が求められるようになった。長い間、私たちの祖先が、巧みに利用しながら維持してきた、祖先の遺産ともいうべき雑木林を、現在の私たちが、どの程度、どのような状態で維持していくのがよいのか、そして、そのための管理をどう進めればよいのかなど、これからの自然の保護、保全を考える上で、最も大切な課題といえよう。

図1-14 森林の移り変わり(遷移)