第二節 昔の姿を再現してみる

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 地球上の植生を見ると、気温と降水量の制約を受けて、森林の成立する地域は一部に限られ、砂漠や草原(ステップ)や草原に樹木が疎生したサバンナが広くひろがっている。自然が持つ潜在的な力として、森林を支えるだけの力がなく、丈の低い草原や樹木がまばらに疎生した植生になっている。年平均降水量が六〇〇ミリ以下ではサバンナ、二〇〇ミリ以下ではステップになるという。
 鶴ケ島町の気候は、年平均気温が約一四℃、降水量が約一、四〇〇ミリに達している。前述したように、このような気候に恵まれた鶴ケ島の自然植生は川辺の一部に見られる多湿地を除けば森林であり、潜在的に森林を支える力を持っている。
 現在鶴ケ島で見られる主な森林は、コナラ―クヌギ林、アカマツ林、スギ、ヒノキ林である。植林されているスギ、ヒノキ林は別として、一見自然植生のように見えるコナラ―クヌギ林やアカマツ林も、人手が加わる前の自然植生である原植生が破壊を受け、その後長い間の人間の管理によって維持されてきた半自然的な植生であって、自然のままに成立している自然植生ではない。
 既にふれたように、関東地方北部から西南日本の平野部、これを気候でいうと年平均気温が一三~一四℃以上で、暖かさの指数(月平均気温が一〇℃以上の気温数値を積算したもの)が八五度~一八〇度の地域の原植生は、シイ林、カシ林、タブ林のような照葉樹林であるといわれている。あとで詳述するように、鶴ケ島の原植生もまた、いろいろな状況から照葉樹林であるということができる。照葉樹林の成立する地域は、気候帯でいうと暖温帯に属するので、この地域の原植生を暖帯林とも呼んでいる。
 照葉樹は、かつて一般的には常緑広葉樹といわれてきた。最近は、常緑硬葉樹(海岸地域に多いウバメガシ、トベラなど)と区別する意味で、照葉樹と呼ばれることが多くなった。照葉樹の特徴は、典型的な照葉樹であるツバキの葉を連想して載けば分かり易い。葉の表面にクチクラ層が発達して、表面に照りがあり、葉の大きさは小形ないし中型の樹木である。このクチクラ層が発達していることは、冬寒くなって、地温も下がり、樹木の根からの吸水力が低下したときでも、葉の表面からの蒸散を押え、植物体内の水分のバランスを保つのに役立ち、耐寒性の役割りをしている。葉はもちろん常緑であるが、個々の葉は二~三年程度の寿命で、古い葉から、新葉が出たあとに落葉する。
 照葉樹の主なものは、高木ではツクバネガシ、アカガシ、シラカシ、イチイガシ、アラカシなどのカシ類、スダジイ、コジイのシイ類、クス、タブノキ、ヤブニクケイ、カゴノキなどのクス類、その他ツバキ、サザンカ、イスノキ、モチノキ、ヤマモモ、モッコク、シロダモなど、低木ではヒサカキ、アオキ、ネズミモチ、ヒイラギ、マンリョウなどがあり、それぞれの照葉樹林をつくっている。
 以上のような原植生である照葉樹林やその分布については、神社林や、利用価値の乏しい崖地などに僅かに残されてきた、各地の原植生やその断片の資料を集積したり、原植生が破壊を受けて、二次的に成立している現存植生の構成などから推定し、再現している。
 また、次の第二項で述べられるように、土壌中に残された過去の植物の遺物であり、植物化石ともいえる泥土中に残された花粉を分析することによって、かつて成立していた森林を推定することなどによって、原植生を推定している。