1 残された現存植生から、昔の姿を再現して見る

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 わが国の西南地域で、九州、四国、紀州、伊豆、房州などの比較的暖地には、多くの照葉樹林が残っている。観光地などで有名な所を例に挙げると、鹿児島市内の城山、山口県錦帯橋の背景になっている国有林、和歌山県の那智の滝がかかる那智山、奈良の春日大社のある春日山には、それぞれ大規模な照葉樹林が残され、国の天然記念物になっている。
 また、伊豆半島の伊東市八幡野の神社林、千葉県清澄山の浅間山原生林などが国の天然記念物や、学術参考林になっている。
 以上のような大規模なもののほか、県が天然記念物として指定している小規模な照葉樹林の分布を見ると、一つのゾーンとなって西南日本から関東地方に続いている。そのゾーンの延長線上に、埼玉県内に遺存している、いくつかの照葉樹林が見られる。
 埼玉県内の照葉樹林としては、越生町の梅園神社のスダジイ林、飯能市南川の大山祗神社のウラジロガシ林、滑川町の伊古乃速御玉姫神社のアラカシ林は国や県の天然記念物に指定されている。その他越谷市の久伊豆神社のスダジイ林、児玉町金鑽神社のシラカシ林、名栗村竜泉寺のウラジロガシ林など、小規模ながら照葉樹林が点々と遺存している。ほとんど総てが、信仰の対象として、伐採を免がれ、僅かに原植生の面影を残した、その断片が見られるに過ぎない。
 このように、神社林などに僅かに残されている照葉樹林が、鶴ケ島町やこの台地上の神社に残されているかどうか。表―20は、鶴ケ島・坂戸台地上の神社林に見られた照葉樹の種類をまとめたものであるが、残念なことに、現在の鶴ケ島町には、原植生あるいは、その面影をとどめた照葉樹林は残っていない。これが太古の鶴ケ島をおおっていた自然であることを指し示せるような樹林も見当たらない。
表1-20 鶴ケ島・坂戸台地の神社林に見られる照葉樹
地域鶴ヶ島町坂戸市日高町毛呂山町
太田ヶ谷高倉上新田脚折下新田日ノ出中小坂紺屋小沼塚越石井塚崎北大塚西大久保玉林寺小山田和目下鹿山新堀出口住吉沢ノ西
種名生活型神社高徳日枝日枝白鬚稲荷坂戸神明白髭氷川住吉勝呂六所石上八坂十社入西熊野高麗行蔵寺住吉稲荷
シラカシ高木ブナ科
アラカシ
スダジイ
コジイ
マテバシイ
イタビカズラつるクワ科
サネカズラコブシ科
タブノキ高木クスノキ科
シロダモ
カゴノキ
フユイチゴつるバラ科
モチノキ高木モチノキ科
ヒイラギモクセイ科
イヌツゲ低木モチノキ科
ツルマサキつるニシキギ科
ツバキ高木ツバキ科
チヤ低木
サカキ高木
ヒサカキ低木
キズタつるウコギ科
アオキ低木ミズキ科
アセビツツジ科
ヤブコウジ小低木ヤブコウジ科
マンリョウ低木
ネズミモチモクセイ科
テイカカズラつるキョウチクトウ科
リュウノヒゲ草本ユリ科
オオバジャノヒゲ

 この台地上で、唯一の照葉樹林と思われるものに、坂戸市中小坂の神明神社に、小規模ながらシラカシが優占した照葉樹林が見られる。
 このシラカシ林は、坂戸市のふるさとの森に指定されている森で、高木層にシラカシが優占しているだけでなく、亜高木層や低木層に、シラカシの若木や、ツバキ、アオキ、ネズミモチ、ヒイラギ、サカキ、シロダモ等の照葉樹の小高木や低木が、それぞれの層に優占している。草本層にも、ジャノヒゲ、ヤブコウジ、ヤブラン、キヅタなどの照葉樹林の構成種が多い。林の規模が小さいため、シラカシ林構成種のほか、他の落葉樹等も混生しているが、森林の各層に照葉樹が優占したシラカシ林となっている。
 鶴ケ島の神社林には、照葉樹林としての景観を持った林は見られないが、表―20のように、多くの種類の照葉樹が林内に生育している。これらの照葉樹の中で、照葉樹林の高木層を構成する高木は、シラカシ、アラカシ、スダジイだけで、他の多くのカシ類やタブ類は見当たらなかった。また、シラカシとアラカシは大木のほかに、林内に多くの若木が生育しているが、スダジイは、境内に植栽したもののほか、林内に若木が育っているものがなかった。
 第一節でのべた、コナラ―クヌギ林やアカマツ林、スギ、ヒノキ林内にも、神社林と同様に、シラカシの若木は多く育っているが、スダジイの若木は見られなかった。
 鶴ケ島・坂戸台地の西側に続く、丘陵地や低山には、スダジイ林が存在するし、多くの林内に、スダジイの若木が育っている。スダジイ林は、西南日本の照葉樹林を代表する林で、かなり普遍的に分布している。鶴ケ島の現存植生の中に、スダジイ林やその若木が見られないことは特異的なことで、この台地が、入間川や高麗川の扇状地として形成され、砂礫層の上にローム層が堆積したという、地史的、地質的な特性が、スダジイ林の成立を見ない背景のように思われる。
 以上述べてきたように、台地上の神明神社に現存植生としてシラカシ林が存在すること、他の現存植生にシラカシなどの照葉樹の若木や低木が多数生育していること、日本全体の森林植生の位置づけなどから、太古、鶴ケ島をおおっていた原植生は、神明神社の林に面影をとどめているシラカシと考えられる。
 シラカシ林におおわれていた台地上も、その後次第に破壊を受け、人為的な管理が続いて、現在見られるような植生になったものと思われる。なお、アラカシ林は、一般に土地的に不利な条件の、土壌の浅い場所などに成立するので、一般的な場所の原植生はシラカシ林と考えられる。
 鶴ケ島の台地上も、潜在的には照葉樹林の一種であるシラカシ林を支える力を持っているし、コナラ―クヌギ林やアカマツ林などの現植生の中に、シラカシ林を構成する多くの種類の照葉樹が育っている。一〇〇年とか二〇〇年とかいわれる長年月を要するが、現植生が、長く放置され、人手から保護されるならば、自然が持つ復元力でシラカシ林へと推移していく。
 一つの文化的遺産として、またふるさとの自然を愛し、理解する場として、鶴ケ島の町にも、照葉樹林を復元させたいものである。