1 チョウ類

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 鶴ケ島のチョウについては一九八四年、筆者のまとめた報告があり、その中で四九種記録されている。しかし、その後コジヤノメが追加されたので、既知種の合計は五〇種ということになる。
 これらのうちヤナギ類で生活するコムラサキ、ハンノキで生活するミドリシジミは飯盛川など河川流域の環境変化で著しく個体数が減少した。はねを紫色に輝かせるコムラサキは上広谷の湿原に見られるが、発生木のタチヤナギ附近まで宅地化され、生存が危うくなった。ハンノキは、古くは湿地帯にハンノキ林を形成していたと考えられるが、水田化で激減した。しかし、稲掛けなどに利用されていたからであろう。水田の周辺部に点々と残されたため、ミドリシジミもかろうじてそこに生き残り、年々世代をくり返していた。夕方近く、金緑色のはねを輝かせながら飛び交う姿は格別であった。しかしそのハンノキも水田の宅地化で失われ、ミドリシジミの姿も全く見られなくなった。
 ギンイチモンジセセリはススキやチガヤ群落に生息する比較的珍しい種類であるが、飯盛川沿いの発生地はすでに消失して久しい。最近(一九八六)、藤小学校前の湿地で本種を発見、この地がすぐれた発生地になっていることを知ったが、一年もたたないうちに埋立てが始まり、あっというまに消滅してしまった。

ギンイチモンジセセリ (上)ギンイチモンジセセリのはねの裏面,銀色のすじが見える.


ギンイチモンジセセリ (下)藤小前の発生地.ただしこの発生地は1986年に埋立で消滅した.

 クヌギ・コナラなどの雑木林に生息するアカシジミ・ミズイロオナガシジミ・ミヤマセセリなども減少が著しい。そしてその林縁で発生するウラゴマダラシジミ・アサマイチモンジなども姿を消したところが少なくない。
 ジャノメチョウ科のコジャノメは、やや山地性と目され、埼玉県では八高線以西を主な分布地とするようにいわれている。しかし、本種は平地にも分布し、かつては東京都心部を含め、関東平野部の各地に生息地が散在していた。鶴ケ島でも高倉の林をはじめ、山ノ後・高徳神社・五味ケ谷などで産地が発見された。山地性というより、林の規模・質が生息条件として重要なのであろう。一方、本種に近縁なヒメジャノメの方はコジャノメが住めないような林にも生息する。したがって、コジャノメ・ヒメジャノメ、この二種の分布状況を緑地ごとに詳しく調べることで、自然度による緑地のランクづけが可能になるので、これを環境診断に応用すべく、筆者は今その方法を検討している。

コジャノメ 自然度の高い雑木林の指標となる.高倉の林などには多い.

 開発によって減少する昆虫が多い中で、逆にふえているのではないかと考えられるチョウもいる。ツマキチョウとテングチョウである。ツマキチョウは四月ごろ出現する春のチョウで、モンシロチョウに似てさらに小さく、雄の前ばねの先端がオレンジ色に着色されるというかれんな姿である。幼虫が本来の食草であるタネツケバナ類だけでなく、イヌガラシ・スカシタゴボウ・ハナダイコンなどで生活できることと関係があるのかもしれない。脚折北部の区画整理地区でも、最近ツマキチョウを見かける機会が多くなった。テングチョウは幼虫がエノキで育つので、オオムラサキ・ゴマダラチョウなど、やはり幼虫がエノキで育つチョウたち同様、開発に追われてもよいと思われるが、最近都市部で目立つようになってきた。その原因についてはまだはっきりしたことがわかっていない。

ゴマダラチョウ 鶴ケ島には,まだまだ多い.幼虫はエノキの葉を食べて生活するが,冬が近づくと地上に下り,落葉の下で春まで過ごす.

 鶴ケ島に定着しているかどうか不明なチョウとしてアオバセセリとモンキアゲハの二種が挙げられる。アオバセセリは幼虫がアワブキやミヤマホウソを餌にするが、筆者はまだこれらの植物を鶴ケ島で確認していない。しかしアオバセセリの方は一九七一年五月二二日、脚折町二丁目の自宅に飛来した新鮮な個体を確認している。偶産であろうか。モンキアゲハは、以前は湘南地方以南の暖地にしか見られず、東京以北で見られるのは飛来個体だと考えられていたが、近年北上著しく、最近は埼玉県内にも定着しつつある情報が寄せられている。鶴ケ島では一九八〇年八月二二日、脚折町二丁目で、また一九八一年五月一三日長久保で、それぞれ一個体ずつ目撃した。しかし、成虫だけで幼虫が確認されていないので、定着していると断定することはできない。今後の動向を見守りたい。
 鶴ケ島では越冬できないが、毎年暖地から北上、鶴ケ島でも産卵し、幼虫から新しい成虫が育つチョウがいる。ウラナミシジミである。しかし、越冬地の一つである房総半島南端の越冬環境が悪化したためか(餌のソラマメ栽培減少)、最近は飛来する個体数が激減した。筆者は飛来するウラナミシジミを誘引するため、毎年フジマメを庭で育てているが、ウラナミシジミは年によって見られないこともあり、また、飛来があってもその個体数は極めて少ない(一~二匹)。
 移動するチョウの例としてもう一種、ヒオドシチョウを挙げておこう。このチョウは成虫で越冬、四月に産卵、幼虫はヤナギやエノキの葉を食べて成長、五月下旬から六月上旬にかけて成虫になる。鶴ケ島でこのチョウが見られるのは、四月ごろか、新成虫出現初期のころである。ところがヒオドシチョウは、その後まもなく姿を消す。一部、平地で休眠する個体もあるといわれているが、その多くは山地に移動するらしい。しかし、鶴ケ島で生まれたヒオドシチョウがどこで夏を過ごすのか、その点全く不明である。