県内の板碑の分布状況については、昭和五六年三月に刊行された『埼玉県板石塔婆調査報告書』Ⅰに、最も新しく、大規模な調査の結果を載せてあるので、この統計によることとする。それによると、県下に総数二〇、二〇一基の板碑があるなかで、荒川中流域にある入間・比企・大里の三郡では九、三九一基を数え、全体の半数に近い四六パーセントを占めている。また、この三郡では一三紀前半の発生期の板碑が一九基も発見されている。数が多いのと、初期の板碑が多数発見されたので、最近では、この地域は初期の板碑の発生地ではないかと考えられるようになっている。ここは武蔵武士発生の地の一つであり、また、板碑の材料となる青石の産出地である長瀞(ながとろ)町樋口や小川町下里にも程近く、水運にも便利である。これらの条件を考えると、この地域に板碑が集中しているのは、歴史的・地理的な背景があるからである。