一町未満から六反前後の経営には、単婚小家族の農民が、自家労働力だけで一応再生産できるだけの規模であった。それでは五反以下の耕地しかもっていない農民はどうして生計を営んでいたであろうか。
上赤尾村には六七人の百姓が五反未満である。それは村民の六三パーセントに当る。甚しきは二九人(二七%)が一反以下しか名請していない。しかも彼らの耕地は下田、下畑という劣悪地であり、その多くのものは畠だけで田はもっていない。それを見ると、彼らはとうてい自立して再生産のできない零細農であることが一目瞭然である。そこで彼らの生計は、大土地所有者の耕作に夫役(ぶやく)を提供し、主家の庇護(ひご)を受けることにより、辛うじて成立するのである。また主家の大経営も彼らの夫役によらなければ維持できないので、両者は相互依存の関係にあるといわざるをえない。