時代を推定するために、弘化二年(一八四五)の人別帳によって、平蔵一家の家族構成を示すと次のようである。
平蔵 六三才 当主
佐平太 一七才 孫
のよ 八三才 母
せか 五三才 妻
そめ 三七才 嫁(佐平太の母)
平次郎 三五才 (佐平太の)伯父
かね 一二才 (佐平太の)妹
長吉 二三才 下男
〔付記〕 先代当主万右衛門は天保一二年(一八四一)、三七歳の若さで死亡し、長男佐平太が若年のため隠居平蔵が六〇歳でその跡を継いだ。
この家族構成を見ると、この日記は弘化二年前後に、脚折村の名主であり、また上層農家でもある田中平蔵の手記によるものと推測される。
表題の「農事日記」の名は、私が命名したものであるが、平蔵・万右衛門・佐平太と三代にわたって引続き書かれた日記のなかで、記述を農事に絞ったものはこれだけである。江戸末期の当地方の農業記録としては貴重な日記である。それで、あえて「農事日記」という表題をつけることにした。
田中家の農業経営の規模については後述するが、ここに登場する農業従事者は、長男左平太・下男長吉を筆頭に、常傭として、左平・左膳・彦五郎がおり、臨時の手伝いとして平八・平蔵・庄右衛門・又太郎がいる。娘のかねも時々出場する。ちなみに、常傭の左平は、その仕事が農事だけでなく、武芸を稽古したり、帳付けしたりするところをみると、単なる使用人とも思われないが、その素性は明らかでない。下男長吉は三年後の弘化五年には年が二六才になって暇をもらっている。
この日記抄の本文は、『鶴ケ島町史』近世資料編Ⅳの(七)農業の部、(八)番に掲載してあり、本稿はその概要をまとめたものである。
初旬 | 中旬 | 下旬 | |
一月 | 仕事始(正月八日) | 麦踏み、米搗き、真木(まき)揚げ | くずはき(三回)、米つき、 |
為(ため)(肥料)かつぎ、 | 枝まるき(三回)、 | 麦さくり(四回) | |
芋出し、 | くずはき(二回) | 真木拵(こしら)え(二回) | |
葛(くず)(落葉)はき、 | 飼葉(かいば)切り、槙割り | 縄なへ(二回) | |
槙(まき)(薪)上げ | |||
野廻り(九日) | |||
二月 | 槙割り、 | くずはき(三回) | 荏(えごま)刈り、馬屋肥(こえ)出し、 |
麦さく切り(四回) | 牛旁・麻まき | 縄なえ | |
水菜(みずな)地拵え、植える。 | いも出し | ||
三月 | (二月廿五日より三月一七日迄を欠く) | 麦のさく | 麦のさく(三回) |
田畔根切り、うなへ、 | そば畑うなへ | ||
そば畑うなへ | 木の葉はき | ||
そば蒔き | |||
田うなへ(六回) | |||
畔(くろ)つけ | |||
四月 | 畔(くろ)つけ(二回) | 水口切こわし | 大小豆蒔き |
切こわし(五回) | 七升蒔き、壱斗壱升蒔き | 大豆縁(へり)蒔き | |
ねぎ植え | 田つみ(二回) | 大豆蒔き(二回) | |
米つき | 文豆(ぶんず)(えんどう)刈り、つみ | 肥火もし(二回) | |
田かき(二回)、田つみ | 馬屋肥付け | 麦作切り | |
田畔根切り | 麦刈り(二回) | ||
稲株圧(いなしびおし)・そば作り | 粟つき | ||
木綿ない、畑崩(?) | 稗蒔き | ||
蒔き | 麻蒔き | ||
粃(しいな)出し、 | 麦打ち(棒打ち)(二回) | ||
真木割り、粃肥交ぜ | |||
五月 | 田草取り(四回) | 飼葉切り | 麦打ち |
桑刈り(二回) | 桑刈り(二回) | サツマ拵え | |
鍬通し | 桑買い | 鍬通し | |
芋掘り | 蚕上げ | 紅花収納 | |
味噌つき | 文豆(ぶんず)収納 | 木綿拵え(二回) | |
あぜ揚げ | 田草取り(二回) | 荏(えごま)拵え | |
山芋掘り | 稗拵え | ||
米搗き | 大豆かっぱき(二回) | ||
粟播き | 芋の肥付け | ||
六月 | 大小豆 | 田草取り(六回) | 草刈り |
干鰯(ほしか)こなし | 粟拵え(二回) | 水溜めを茄子へかける | |
田草取り(四回) | 蕎麦刈り | 大根の肥拵え | |
サツマ苗肥し | 稗・荏 | 粟(二回) | |
苅豆 | 茄子・煙草の肥(こえ) | 田草取り(三回) | |
大豆(?) | 畑うない | ||
米搗き | |||
大根蒔き | |||
七月 | 田草取り(三回) | 苅豆切り(二回) | 麦搗き(二回) |
大根蒔き | 蕎麦地ほり | 芋作り | |
木綿草取りとさくり | 草刈り(三回) | 麦蒔き | |
芯止め | 大根つり | 真木売り | |
蕎麦地うなへ | 麦搗き | あぜ上げ、あぜ刈り | |
芋の草取り | わらんじ作り | 草刈り(三回) | |
馬屋肥出し | 蕎麦地うなへ | 碓引き | |
草刈り | 馬屋肥取返し | ||
米搗き | |||
八月 | 大豆引き | 大豆引き | 杉皮つけに津久根村へ |
蕎麦作り | 米しらげ(精白する) | 畑口分け(分配する) | |
草取り | 草取り | 畑うなへ(三回) | |
ふせ地(二回) | 豆収納 | 堀揚げこせくり | |
藁細工(二回) | 藁細工 | 米搗き | |
豆引き | 粟取り | 縄なへ(二回) | |
粟搗き | あぜ揚げ | 栗拾い | |
蕎麦作り | 野廻り | ||
畑うなへ | |||
小麦蒔き | |||
九月 | 芋の葉取り | 文豆(ぶんず)刈り | 畑うなへ(五回) |
山刈り(二回) | 粟切り(二回) | 馬屋肥出し | |
縄なへ(三回) | 縁(ふち)唐辛子切り | もろこしこき | |
荏(えごま)刈り | 桑こき | 桑の葉こき | |
畑うなへ | 粟収納 | うね寄せ | |
肥ほし | 荏跡打ちこき | 灰つみ | |
稗切り | 唐辛子こき | サツマ掘り(二回) | |
桑葉こき | 稗跡打立て | 小麦蒔き | |
杉皮運び | 粟がら仕舞い | 桑の木つけ送り | |
もろこしからおき | 肥取出し | ||
畑うなへ(三回) | 木綿跡うなへ | ||
田方下見 | 蕎麦刈り | ||
鍬の柄求め川越へ | |||
米つき(二回) | |||
もろこしこき | |||
一〇月 | 蕎麦刈り、取り跡直にうなへ | 真木拵え(四回) | 茅刈り(七回) |
大麦蒔きの支度 | あぜ揚げ | 小麦作り | |
大麦蒔き(三回) | 木の枝片付け | 小作入揚げ調べ | |
畑うなへ返し | 芋取り | 麦の作切り | |
あぜ揚げ | あぜ揚げ | 生垣繕(つくろ)い | |
溜(ため)洗い | 木の枝片付け | ||
真木拵え(二回) | 菅(すげ)刈り、かや刈り(四回) | ||
棉返し | 米つき | ||
一一月 | 餅稲刈り、ならびにこき(一日より四日までかかる) | 山刈り(四回) | からうす引き |
きのこ取り | 米搗き | 俵拵え | |
藁片付け(二回) | くずはき | くずはき | |
穂落し(二回) | 篠(しの)刈り | 麦のさく切り(二回) | |
藁掛け | 真木拵え | 篠切り | |
藁まるき | 垣根結い | ||
藁すぐり | 麦踏み | ||
俵あみ | 縄なへ | ||
粟搗き | |||
一二月 | 枝まるき | 山刈り | 真木山へ出る |
真木割り | 真木拵え(二回) | 枝まるき | |
くずはき(三回) | 真木找りに行く(二回) | 枝片付け | |
山刈り | 真木山へ行く |