耕地の種類・高・取箇(とりか)については、次の「年貢の種類とその動向」を参照されたい。
表4―36 脚折村名主田中家の石高と年貢 |
屋敷 一反二畝五歩 |
反別 四町六反二畝十八歩(村内田畑のみ、屋敷を含む) |
持高 二九石九斗六升七合七勺 |
反別 | 高 | 取箇 | ||
反畝 歩 | 石斗升 合勺 | 石斗升 合勺 | ||
上田 | 七・一八 | 七六・〇〇 | 四二・〇〇 | |
中田 | 五・〇七 | 四七・一〇 | 二六・三〇 | |
御料所 | 下田 | 五・一九 | 四九・四三 | 二四・四七 |
下々田 | 六・一〇 | 三七・九八 | 二三・三〇 | |
計 | 四四・二四 | 二一〇・五一 | 一一九・三九 | |
上田 | 二六・一六 | 二六四・一一 | 一四〇・六二 | |
中田 | 一八・二四 | 一六九・二〇 | 九〇・二四 | |
金田分 | 下田 | 〇 | 〇 | 〇 |
下々田 | 三一・一〇 | 二一九・三〇 | 一〇九・〇三 | |
計 | 七六・二〇 | (六五二・六一) | 三四九・六一 | |
上田 | 一七・一八 | 一七四・〇〇 | 七九・二〇 | |
中田 | 二・二〇 | 二三・九四 | 一〇・六四 | |
坪内分 | 下田 | 九・〇六 | 三四・〇四 | 三四・〇四 |
下々田 | 〇 | 〇 | 〇 | |
計 | 二九・一四 | 二六二・三四 | 一四一・五五 | |
町反畝 歩 | 石斗升 合勺 | 石斗升 合勺 | ||
合計 | 一五〇・二八 | 一一二五・四六 | 六一〇・五九 | |
脚折新田 | 林畑 | |||
下新田 | 同 | |||
関間新田 | 同 | |||
下新田村 | 林畑 | |||
下畑 | ||||
下々畑 | ||||
計 | ||||
合計 | ||||
野銭場 | 上野 | |||
中野 | ||||
下野 | ||||
下々野 | ||||
計 |
反別 | 高 | 取永 | ||||
反畝 歩 | 石斗升 合勺 | 貫 文 分 | ||||
上田 | 上畑 | 一九・〇三 | 一三三・七〇 | 二四〇・七 | ||
中田 | 中畑 | 三五・〇一 | 二一〇・二〇 | 四〇六・四 | ||
御料所 | 下田 | 下畑 | 二七・〇二 | 一〇八・三〇 | 二六三・五 | |
下々田 | 下々畑 | 七・二八 | 二三・八〇 | 四八・〇 | (田)口米三升・二二を含む | |
計 | 屋敷 | 四・〇八 | 四二・六六 | 五五・〇 | (畑)口永三〇文・四を含む | |
計 | 九三・一二 | 五一八・六六 | 一、〇四四・〇 | |||
上田 | 上畑 | 五・〇二 | 三五・四六 | 六三・八 | ||
中田 | 中畑 | 一二・一三 | 七四・六〇 | 一四四・二 | ||
金田分 | 下田 | 下畑 | 五・一九 | 二二・五三 | 五一・五 | |
下々田 | 下々畑 | 五九・一九 | 一七八・九〇 | 三五四・〇 | (田)口米 九升・七二 | |
計 | 屋敷 | 七・二七 | 七八・〇〇 | 一〇一・九 | (畑)口永 二一文・五 | |
計 | 八〇・二〇 | 三八九・五〇 | 七三八・九 | 反米 上 四斗五升 | ||
中 四斗 | ||||||
上田 | 上畑 | 六・二六 | 四七・三六 | 七四・四 | 下 三斗七升 | |
中田 | 中畑 | 一・一九 | 九・七〇 | 一六・三 | 反永上一一〇文 | |
中一〇〇文 | ||||||
坪内分 | 下田 | 下畑 | 四八・二七 | 一九五・六〇 | 四三九・二 | 下 九〇文 |
下々六〇文 | ||||||
下々田 | 下々畑 | 八〇・〇六 | 二四〇・六〇 | 四六六・〇 | 口米・延米 | |
一七升・七一 | ||||||
計 | 計 | 一三七・一八 | 四九三・二六 | 一、一九二・三 | 永 三一文六分 | |
一〇九文一分 | ||||||
野銭共 | ||||||
町反畝 歩 | 石斗升 合勺 | 貫 文 分 | ||||
合計 | 合計 | 三一一・二〇 | 一四〇一・四二 | 二、九七五・二 | ||
脚折新田 | 林畑 | 一三八・〇六 | 一三八・二〇 | 二八四・七 | 口永 八文三分 | |
下新田 | 同 | 一九・二一 | 一九・七〇 | 三六・五 | 口永 一文六分 | |
関間新田 | 同 | 七四・〇九 | 七五・六〇 | 一二三・一二 | 口永 一一五文四六 | |
増永 七文六六 | ||||||
下新田村 | 林畑 | 一九・〇〇 | ||||
下畑 | 一〇・〇〇 | |||||
下々畑 | 四・〇五 | |||||
計 | 三三・〇五 | |||||
合計 | 二六五・一一 | |||||
野銭場 | 上野 | 一〇・〇八 | 四四・三 | |||
中野 | 四〇・一四 | 一二五・三 | ||||
下野 | 二六・二八 | 七二・三 | ||||
下々野 | 三七・二六 | 八三・六 | ||||
計 | 一一五・一六 | 三三五・八 | 口永九文八分を含む |
(嘉永三年、田中家「田畑山林持分控」) |
〔註〕
(1) 古島敏雄『日本農業技術史』
(2) 『鶴ケ島町郷土史資料集第一集・第二集』
(3) 藤倉寛三『日光街道と並木』付録
(4) 高倉村を除いて、脚折・藤金・五味ヶ谷・広谷・戸宮・塚越・石井・片柳・坂戸・浅羽・厚川・鍛治屋、三ツ木・高萩・笠幡の十五か村である。(『鶴ケ島町郷土史資料集』第四集)
(5) 馬草場とも書き、草刈場ともいう。その草の使用は、一般的には田畑(主に水田)の肥料としての草・芝であり、それに次いで牛馬の飼料としての秣である。しかし、牛馬は少数の百姓が使用するにすぎない。
(6) 木村礎『新田村落』。小野武夫『徳川時代の農家経済』
(7) 入揚(上)とは小作料のこと
(8) 双方の言い分が一致して、確定した小作米
(1) 古島敏雄『日本農業技術史』
(2) 『鶴ケ島町郷土史資料集第一集・第二集』
(3) 藤倉寛三『日光街道と並木』付録
(4) 高倉村を除いて、脚折・藤金・五味ヶ谷・広谷・戸宮・塚越・石井・片柳・坂戸・浅羽・厚川・鍛治屋、三ツ木・高萩・笠幡の十五か村である。(『鶴ケ島町郷土史資料集』第四集)
(5) 馬草場とも書き、草刈場ともいう。その草の使用は、一般的には田畑(主に水田)の肥料としての草・芝であり、それに次いで牛馬の飼料としての秣である。しかし、牛馬は少数の百姓が使用するにすぎない。
(6) 木村礎『新田村落』。小野武夫『徳川時代の農家経済』
(7) 入揚(上)とは小作料のこと
(8) 双方の言い分が一致して、確定した小作米