新庁舎建設

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町村合併問題以降、日本全体の経済社会構成の転換と相俟って、純農村地帯であった鶴ケ島にも除々に都市化の波が押し寄せてくるようになった。人口と世帯数も増加し、「鶴ケ島村建設計画」に基づく村政の進展もあり、近い将来町制施行が必然という状況であった。
 当時の役場庁舎は、大正三年(一九一六)五月に建設されたものであった。その後数回の増築がなされたとはいうものの、事務量の増加に伴ない、一部事務部門については鶴ケ島第一小学校に間借りするといった状態で、早急に新庁舎建設の必要に迫られていた。

大正3年建設当時の役場庁舎

 こうした中で、昭和三九年三月の議会で、庁舎建設予算が議決された。続いて村長を委員長、議長を副委員長とする役場庁舎建設委員会が組織され、玉川村、上里村、児玉町役場を視察、建設の準備が進められた。
 このような経過を経て、翌四〇年七月一〇日に落成式が挙行されたが、庁舎建築の概要は以下の通りである。
 一 位置 鶴ケ島村大字脚折一、五六二の一
 二 敷地面積 九〇〇坪(二、九七五平方メートル)
 三 工期 昭和三九年一一月五日から昭和四〇年六月一五日まで
 四 構造 高床式鉄筋コンクリート二階建
 五 建築坪数合計 二七〇坪(八九三平方メートル)
 六 各階用途
    一階 事務室・村民相談室・出納室・宿直室・更衣室・助役室等
    二階 村長室・議長室・議場・委員会室・議員控室
    地階 書庫・浴室・車庫・自転車置場
    屋上 ペントハウス
 七 工費及び財源
    A 工費 二、九九五万円
    B 財源 イ、一般財源  七七五万円
         ロ、寄付金 一、五二〇万円
         ハ、村費    七〇〇万円
 八 その他の経費 四三〇万円
 財源の実に半分以上が寄付金によってまかなわれたことは、特筆されよう。