2 明治維新と教育

712 ~ 712
 維新により新政府が樹立され、明治と改元されても、教育制度は実態として江戸末期と変ることはなかった。私塾・寺小屋は継続して存在し、新たな教育制度の成立は、明治五年の学制発布を待たねばならなかった。ただ、教育の精神においては、新政府の方針である近代教育の方向性が打ち固められ、いわばこの時期は、学制期の教育への過渡をなすものであった。
 学制発布の直前、森戸村の大徳院に郷学校が開設されている。郷学校は、寺小屋などと異なり、政府の意図を背景とした公的意味合いが強く、次の義務教育制度に通ずる性格のものであった。この森戸郷学校は、韮山県とそれに続く前橋県治下で、明治四年秋から明治五年春の短い期間存続した。