元和3年御家来中証人書付被差上候御条
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元和三年御家来中証人書付被差上候御案
一 長門(毛利秀就)守慶長七年江戸罷下候事
但、妻子共ニ相詰罷居候事
付、為御心付年ゝ八木二千俵宛被下候事
一 吉川内蔵人(広家)知行三万五千石、証人同名善兵衛歳廿九、長門同前ニ差出申候、重而為証人同名六左衛門歳廿五差出申候、只今両人共ニ相詰罷居候、御心付御扶持方最前より無御座候事
一 毛利山城守(元倶)知行六千石、証人兄弟弥一郎(元雅)十七差出置申候、御心御扶持方無御座候事
一 宍戸備前守(元続)知行六千石、証人子左介(元高)歳十三差出し置申候、御心付御扶持方無御座候事
一 福原越後守(広俊)子左近(元俊)妻子共ニ最前より相詰申候、御心付御扶持方無御座候事
一 堅田大和(元慶)御屋敷被下、妻子共ニ相詰申候、御心付御扶持方無御座候事
右条ゝ紛無御座候所如件
元和三
六月朔日
御年寄中様
秀就様御儀ニ付、宗瑞様より御書付
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秀就様御儀ニ付、宗瑞様より秀就様・秀元様・就隆様江御書 付
一 今度秀就煩ニ付而、従上様(徳川秀忠)忝御諚候由具承及候、更以不被述言語候、何程に御あたり候や、御座有間敷次第ニ候事付、是ニ付而猶以已来御分別之儀肝要ニ候、於我等者偏ニ天道を一大事と存候
一 養生之趣、是又於其元歴ゝ之儀間被仰談、御儀定肝要之事
(曲直瀬正紹)
一 延寿院御異見、聊も無御忘却御たもち肝要之事付、内ゝ食物方之心持不及申候事
一 酒之事、上下ほとを被定儀之事、此条肝心ニ候
一 乱舞方あるへきやう御分別之事、内ゝハ曽以不被入事ニ候
一 家中之者、此節者老若共ニ、うたひ(謡)・つゝミ(鼓)・らんふ(乱舞)かた仕候ハねハ身持不成と相心得候事
一 ひるを夜に被仕候故、客人見廻衆之時筈不合、其上ねふりも病も出来候事、此儀肝要ニ候
已上
五月十九日
秀就
秀元
進之候
就隆