※地名は小説中での表記を引用しています。
…僕は八坂の境内(けいだい)で太鼓をもんでいるのを楽しく眺めた。
蒲団(ふとん)太鼓につるした紅提灯(べにちょうちん)が揺れながら、裸の若い衆が百人あまりも汗だくになってかいているのを見ていると、いかにも夏祭りらしい気分がしてくる。蒲団を太鼓台にのせるという風習は、恐らく河内平野で棉(わた)を作っていた名残りであろうか。棉の豊作を祈念する形が蒲団太鼓となって今に名残りをとどめているのかもしれない。
僕の姿を見つけると青年等は手を取り、尻を押して、太鼓かきに引っ張りだした。僕は一応は「止せよ。止せよ」などと言いながら断わっていたが、実は一年に一度、太鼓かきをしないと祭りのような気がしないし、河内音頭と盆踊りしないと夏のような気がしないのだ…
(巻之一所収 「河内音頭」より)