貯蔵穴からはアワビ製貝庖丁も出土している。このアワビはその殻の一部に刃をつけ、紐を通す穴をあけて加工している。食料としても美味であるが、その貝殻も魅力的である。アワビそのものは、周防灘のこの近くで採取することがもともと難しいものと言われてきた(岡崎美彦「下稗田遺跡出土貝類」『下稗田遺跡』所収、一九八五)が、蓑島の漁師が以前近海にもぐってアワビを取っていたという事実もわかり、他地域との交流によってもたらされたものでなく近海で採取された可能性が出てきた。
下稗田遺跡から二点のアワビ製品が発掘されたが、いずれも貯蔵穴から出土したもので、この貯蔵穴は近接しているので一つの個体が分けられて別々の場所から出土したのかもしれない。実際、二つのアワビを見比べてみるとよく似ている。この破片がアワビの貝殻のどの部分かを見つけるのは比較的容易である。殻表面に走る肋脈が渦を巻きながら端の一点に集中するので、その肋脈がどのように走っているのか、そして縁がどのようにカーブしているのかを見るのである。その結果、下稗田遺跡出土貝庖丁は、写真12のような部位にあたるらしい。
アワビの種類はわかっていないが、どのアワビでも棲息深度は深いために潜って採らなければならないので、やはりその捕獲量は限られていたであろう。
一般的にこのアワビ製品には二孔があけられて、石庖丁に似ていることから貝庖丁の名称が与えられていたが、石庖丁ほど鋭利な刃もなく、原料も限られるので、石庖丁を補完するものとみるには慎重を期すべきである。
アワビの内側は、真珠光沢調を呈し、その神秘的な美しさから、今でも加工されて装身具になっている。一つないし二つの孔は、ペンダント風にそれを吊り下げるために紐を通した孔ではないだろうか。
この貝庖丁には、アワビのもののほかに、ヒオウギ貝製のものもあるが、これも内側の光沢を見せるペンダントの可能性が高い。