戸籍・計帳

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 戸籍とは、国家が民衆を把握・支配するために案出された一種の道具であり、中国にその起源をもつ。血縁・家族関係を利用しながら、固定した登録地での名前の登録記帳を通じて制度全体が実現されるという点では、現在の戸籍と変わらない。「ことば」には言霊が宿る、という観念がのこっていた古代においては、今以上に、自分の名を人質にとられることによる威圧感があったと想定される。
 戸籍の基本となる編成単位が「戸」で、多くの場合、成年男子を中心に家族・親族関係を利用しながら編成される。「戸」はまた、当時の国制の中に、最末端の行政組織として位置づけられ、隣組を作って助け合うとともに、相互監視も行うシステムであった。戸籍は六年に一度、諸国で作成されて中央に進上され、その詳細は「戸令(こりゃう)」に規定されている。
 「戸令」によると、戸籍は基本台帳という性格のため、頻繁に作り替えられることはなかった。ただし、そうなると別に人口動態を推定する資料が必要になる。これが計帳である。
 計帳は、戸主が提出する「手実(しゅじち)」(戸の構成員の現状、前年との異動に関する申告書)に基づいて、まず個人名を列記した「歴名」と呼ばれる形式の文書が作成され、第二段階として、一国全体について、数量的要素だけを分類集計した「大帳」が作成される。本来、中央での計帳の用途は、納税者数の把握を通じて歳入の見込みを立て、その配分を計画することにあった。そのために、必要なのは数字であって個人名ではない。もし個人名が必要になるとすればそれは兵役・労役の徴発などの場合であった。従って、歴名形式の計帳は、国ごとに備え付けられてあれば十分で、中央で必要とされたのは都に近い畿内諸国の分の歴名だけだった。それ以外の国から中央に送られたのは、原則として大帳だけであったと考えられている1