豊前地方の古代墳墓

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 古代火葬墓の中で、蔵骨器が埋納された事例は、豊前地方では現在二〇遺跡四三例ほどが確認されている。比較的偏った分布で、年代は、奈良・平安時代に限られるとされる。蔵骨器の伴う墳墓は、立地場所が山腹や丘陵斜面にあり単独で営まれている場合と、群集して営まれている場合とある(佐藤浩司「豊前地域における中世墳墓の副葬品」『中世土器研究論集-中世土器研究会20周年記念論集』中世土器研究会、二〇〇一)。
 単独での発見例は、北九州市・高津尾(たかつお)遺跡、築上郡新吉富村・中桑野(なかくわの)遺跡(図63)、中津市・大谷遺跡、同市・寺迫(てらさこ)遺跡など。群集での発見例は、築上郡大平村・穴ヶ葉山遺跡、中津市・永添遺跡(図64)、同市・勘助野地遺跡、下毛郡三光村・森山遺跡など。群集する例の年代は、八世紀前半から九世紀前半にかけてのもので、連続して累代的につくられている墳墓が集まったもの。終末期古墳や横穴墓の系譜に連なる墳墓と解されている(原田昭二「(1)森山遺跡火葬墓群について」『一般国道10号線 中津バイパス埋蔵文化財発掘調査報告(6)』大分県教育委員会、一九九六)。
 
図63 豊前地方の火葬墓①
図63 豊前地方の火葬墓①(左:広幡城遺跡,右:中桑野遺跡)

図64 豊前地方の火葬墓②
図64 豊前地方の火葬墓②(永添遺跡)