田原親宏、国東に帰る

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 天正八年一二月九日、義統は留守を預けた田原宗亀(たはらそうき)(親宏)に加判衆として残るよう命じた。
 田原宗亀は突如国東に帰り、分家田原紹忍(親賢)に与えられていた旧領の返還を要求して叛意(はんい)を示した。大友宗麟は驚き吉岡中務入道、柴田礼能を国東に派遣し交渉させ、旧領(国東、安岐)の返還の代わりに養子親貫(ちかつら)を廃嫡し、宗麟の子林新九郎親家を田原家へ養嗣子として迎えること、宗亀は宗麟への忠誠の証として、豊前中部で高橋宗仙(鑑種)、長野三河守助守の大友方離反に対して、何か事を企てることが密約されたようである。