弥生時代 | 掘立柱建物跡一軒/弥生土器、石剣片 竪穴住居跡四軒/弥生土器 |
古墳時代 | 竪穴住居跡一軒/土師器、須恵器 |
平安・鎌倉時代 | 溝、墓、柱穴/土師器 輸入陶磁器、青磁〓、銭貨 |
江戸時代 | 一字一石経塚(約四二〇〇〇個の経石出土) |
時期不明 | 土塁、溝 |
1号墓 平安末から鎌倉時代前期の墳墓。木材の一部が検出されたことから木棺墓と推定される。頭位はほぼ北方向。平面形は隅丸長方形。墓坑は長さ約二・一メートル、幅約〇・七メートル。壁面に直径八センチメートル前後の凹地があり、約三〇センチメートル間隔で並ぶ。副葬品は、湖州鏡一、青磁椀(龍泉窯系Ⅰ-Ⅳa)一、青磁皿片一、土師器小皿五、銅銭一。墓の造営時期は一二世紀後半から一三世紀初め頃である。土塁や溝は中世の屋敷地の一端と推定される。当遺跡北東の大分八幡宮周辺にも区画溝状の地形が分布する。