七 忘れられた情景

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 大橋の祭りは、四月上旬に正八幡で行われる「風病退除」の獅子祓いと、それより少し後に行われる水神社の牛馬安全願解の子供相撲、それに正八幡の夏越の祭り(六月晦日の大祓神事)があった。
 夏越の祭りには大橋の九町から山車や舁き山が、また宮市村からは舁き山が出た。次の史料は文政一一年(一八二八)大橋村の山車・舁き山の巡行道順である。少し長いが引用してみよう。
 
大橋村神祭山車順道執行の次第書付
一、車          金剛丸
但、鐘・太鼓にて囃子仕り候
一、同          大道
但、右同断
一、同          新町
但、太鼓・手拍子・笛にて囃子仕り候
一、同          下正路
但、鐘・太鼓にて囃子仕り候
一、同          川越
但、右同断
一、山          横町
但、右同断
一、車          東町
但、三味線、鼓弓・太鼓・摺鉦・短キ小歌にて囃子、尤も町三町は前後の儀は年々鬮(くじ)取り仕り候
一、同          中町
但、右同断
一、同          西町
但、右同断
一、同          小辺野
但、太鼓・手拍子・笛にて囃子仕り候
   〆
   右の通り相調べ書付差し上げ申し候、以上
    子六月       大橋町庄屋 伝蔵
              大橋村庄屋 太四郎
(国作手永大庄屋文政一一年日記六月一一日条)

 
 東町・中町・西町の山車に付く「鼓弓」とは、「胡弓」のことであろうか。胡弓を使った囃子と言えば、富山県八尾町で行われる「おわら風の盆」を思いだす。かつて、大橋村の夏越の祭りでは、幻想的な胡弓の弦声が、町に、田の面に鳴り響いていたのであろうか。現在の喧騒からは想像もつかない情景である。