2 平安時代前期の仏像

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 平安時代に入ると、造像技法の主流は、従来の捻塑的技法から、頭体の幹部を主として一本の木から刻み出すという、一木造(いちぼくづくり)へと大きく転換した。そしてこの転換と時を同じくして、像の姿も大きな変化を見せることになった。ここに至る飛鳥時代から奈良時代までは、幾何学図形のように整然として謹厳で抽象的でさえある姿から、理想的な均整と柔らかみをもった自然な姿へと向かってきたのであった。それが平安時代の初頭、八世紀の末に来て、そのような流れへの反動ででもあるかのように、仏菩薩(ぶつぼさつ)でさえ忿怒に見紛うばかりの異相をもち、均整を破って圧倒的な量感と強い動感をもつ体躯、厳しく鎬(しのぎ)立った深い彫口を見せる像が登場してくる。京都・神護寺(じんごじ)の薬師如来立像(やくしにょらいりゅうぞう)(写真4)はその好例である。もちろん振り幅はあって、中には表面に厚く木屎を盛って整形した、前代の余韻を漂わせるような柔らかみのある作例も見受けられるし、また八世紀末から九世紀、そして一〇世紀の前半へと時代が降るにつれて、総じて角が取れて柔らかみが増すようになっていくのではあるが、それでもやはり比較すると、平安時代前期の仏像には、他の時代にはない異風がある。

   

写真4 京都・神護寺 薬師如来立像
    水野敬三郎監修『日本仏像史』(美術出版社、2001年)


 
 そして、ここ行橋にも一躯、この時代に造像された仏像が現存している。それは、矢留の観音堂に安置される、観音菩薩と通称されている像(写真5)である。像高は一五三・五センチメートル、近年の修理をうけて金色燦然(こんじきさんぜん)とした姿は、一見新しく見えるかもしれないが、体部に比して大きな頭部、厚く盛り上がった胸、がっしりとした肩、丸々と張った腰回り、そしてやや背中を反らし気味にして立つ姿などは、平安時代前期の仏像らしい体型と体勢を見せている。厚い彩色が被って和らいでいるものの、衣の襞(ひだ)をあらわす衣文(えもん)の彫口も、下半身に配されているものなど特に、鎬のついた強い調子のものであったことが窺える。現在は臑(すね)半ばから下の地着部(じつきぶ)が、別材で後補(こうほ)となっているものの、当初は頭体の幹部を、両肩先から袖までを含んで、大きく一材から彫出していたとみられ、像が干割(ひわ)れするのを避けるために内部を刳(く)り抜く技法である内刳(うちぐり)も、施していないと推定される構造、さらに、耳の後ろから肩へとたれる垂髪(すいはつ)の、像本体から棒状に遊離した部分まで、別材とはせずに像本体と共木(ともぎ)から彫り透かして表していることなども古様で、一木への志向を強くもつ、平安時代前期の作例らしいものだと言うことができる。おそらくこの像は、一〇世紀の初め頃には造像されていたと考えられる。行橋に伝世する最古の木彫仏である。

 

写真5 矢留観音堂 伝観音菩薩立像


 

写真5-2 矢留観音堂 伝観音菩薩立像 側面


 

写真5-3 矢留観音堂 伝観音菩薩立像 背面


 

>写真5-4 矢留観音堂 伝観音菩薩立像 頭部(修理前)

 
 なお、この像はいま観音菩薩として信仰されており、信仰の場ではそれを尊重して継承していくべきだと思うが、造像された当初の尊名は異なると考えられる。頭部を見ると、髻(もとどり)を結(ゆ)って冠をかぶり、確かに菩薩に通ずる顔かたちをしているものの、服装は菩薩のものではない。菩薩は、下半身には裙(くん)という巻スカート状の衣を着け、上半身には条帛(じょうはく)という一本の帯状の布を、左肩から右脇へと襷(たすき)のように掛けるのが基本であるが、この像が裙を着けたのちに上からまとっているのは、大きく体を覆う、華やかでゆったりとした袖のある衣である。仏像の尊名を判断する着眼点としては、髪型、顔立ち、服装や装身具、手の数やかたち、持物(じもつ)や台座のかたちなどが挙げられるのであるが、服装から菩薩ではないらしいことが分かるとはいえ、この像は両手先と持物がともに後補であることから、結局のところ尊名は、現時点で確定することは困難だということになる。ただあえて言うならば、広く古仏を見渡したとき、平安時代前期の吉祥天像(きっしょうてんぞう)の中に像容に類似点のあるものが見受けられ、またこの頃には、神仏習合思想を背景に成立したとされる、吉祥天同様の姿をした、薬師如来の異形像の存在が指摘されていることなどから、そのような像である可能性を考えることはできる。そして、今は境界をはさんで隣の豊津町に所在しているのであるが、直線距離で二・五キロメートル程と、すぐ近くにある豊前国府跡や国分寺などは、このような像が成立し得る環境を構成していた、大きな要素である可能性をもった存在として、注意をしておかねばならないだろう。