昭和二年の金融恐慌、同四年の世界恐慌による不況から、水産物消費の減退や農業不振による肥料需要の低下などに至り、全国的に漁業者の生活は疲弊していた。
疲弊した農山漁村対策として農林省は、昭和七年に農山漁村経済更正計画樹立方針を発表し、これを受けて翌年漁業法が改正され、漁業組合の組織基盤の強化と経済的安定を図った。現市域内の四漁業組合が、どのように改組したかは不明である。なお、責任組織をとる出資制度の漁業組合連合会の設立が認められ、福岡県漁業組合連合会が成立した。また、同一三年には組合と組合連合会の経済・信用事業の充実化が図られたが、現市域内における動向は、不明である。