吉永栄編『覚醒』(蓑干万太郎、昭和九年)は自治正義団が発行した二冊目の部落問題論策集である(写真5)。同書は、歴史家(喜田貞吉)、融和運動家(姫井伊介、中村至道、成澤初男)、自治正義団関係者(田原春次、吉川兼光、蓑干万太郎など)、それに、地域政治社会に影響力を持つ小倉市長、行橋町長、行橋警察署長、京都郡産業組合主事、豊津郵便局長、消防組頭、青年訓練所教官、京都郡内各小学校長など行政・教育・自治的諸機関の関係者が寄稿した。後者には「非常時より見たる国民差別観念」、「融和運動と水平運動」、「部落問題の徹底的解決方法-附、解放か! 向上か! 糺弾の可否-」の三項目アンケート形式で寄稿を求めている。
この時期、自治正義団の無産運動進出派は、無産運動(農民運動)を優先させ、次第に部落民意識を抑制しながら身分闘争という独自課題の追求を後退させていった。したがって、「無産階級運動さへ成功すれば、部落問題が容易に解決出来得るやうに考へることは、あまりにも空想的である」(吉永栄「無産運動と水平運動」、前掲『覚醒』)と主張する保守派との間で軋轢が生じていた。こうした対立がありながらも、部落差別の撤廃という共通目標で自治正義団の組織は維持されたのだが、日中戦争期以降、運動は停滞していった。