「社会教育」という言葉は明治一〇年頃の公文書に一部登場するが、一般的に使用されたのは太平洋戦争後で、それ以前は「通俗教育」という言葉が多く使われていた。
この言葉は明治期の社会教育の正式名称ともいえるもので、その目的は一般人、とりわけ青年・成人を対象に、あまり専門的ではない一般的な教養を与えるための教育であった。特に明治時代の各種教育施策が、学校教育振興を主眼としていたことから、一般人を対象とする通俗教育の施策は不十分であった。
大正三年七月、京都郡役所は、郡内の現況を調査し、将来の発展方向を示した『京都郡是』を発行した。この『京都郡是』には、学校教育や実業教育と肩を並べて、興味深い通俗教育の目標や内容が示され、その重要性が次のように説かれている。
「通俗教育の要は、国民教育の効果を一層確実に保留し健全なる国民性の発揮に努むるにありて忽諸に附べからざる緊急事業なり。
由来本郡は此等の施設に乏しければ、学校職員神官僧侶並に町村行政者有志の協力の上適良の方法を講じ、指導奨励に任じ通俗教育をして一層隆盛ならしめ、町村自治の円満を期せんとす」(一部現代文に変更)
すなわち、通俗教育は健全なる国民性を発揮させるためにおろそかにできない、緊急重要な事業であると明記されている。このことからも分かるように、民主的な町村の行政運営には、学校教育で得たものをより一層高めるための社会教育が重要だと考え、具体的には青年会(団)、戸主会、婦人会など次の五項目が示され、その目標や組織などについて大略次のように記している。
《青年会(団)》 青年会の組織は一町村一組織の方針から、将来は各部落ごとの組織にしたい。そこには教師や神官等の人的援助を促し、活動の講究実践を奨励し、実業補習校の効果と相俟って、青年子弟の智徳の暢達を図り、堅実なる人格の養成に資し、町村自治の運用を円満にしたい。
《戸主会・婦人会》 戸主会は町村自治や産業開発のため必要。そこで今後五カ年で青年会と同一の方法で組織し、おおよそ次の事項を行う。①納税義務の履行、②子弟の教養、③年中行事、④副業の奨励、⑤主業の発達改善、⑥勤倹力行、⑦時間励行、⑧篤行者表旌、⑨講習講演会、⑩法令研究など。戸主や主婦として家庭や地域のために法令まで学習している。
《講談会》 社会民衆の智徳の啓発、品位の向上を図り、国運の進暢に資すには、学校以外の社会的施設に負うことは当然。改元記念事業として、今後青年会や婦人会等は風致勧業、衛生などの講演会を開き、趣味と実益を兼ねた会を実施したい。そのため町村に通俗教育費を設けることも検討する。
《巡回文庫》 民衆の品性陶冶策として読書は緊要である。東洋人は読書の習慣乏しく、書籍も少ない。本郡教習会が経営する巡回文庫を拡張し、青年子女へ読書をすすめ、町村毎に文庫を設置し、効果普及を図ること。これらは通俗教育上有効な事業である。
《民風の改善》 家もない衣食も不十分な孤児貧児の救済、不良少年少女の感化教育は民風改善に必要な事業。今後は隣保相扶により一定の生業を授けたり、施設などで救済したりして人道の要義に立って事業の目的を達成したい。このほか部落の生活改善や民衆への講談会などを通して社会教育を行い、智徳の啓発、思想の向上を図り、美風良俗を涵養することとしている。