読み下し

近藤勇書簡

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(端裏書き)
    児嶋堅契        近藤
 橋本御両家え宜様相願候
 
公私用向き輻輳致し居候
経(へる)に百里の隔離と存じながら
心底に任せず御不音多罪
の至り先以て酷暑凌ぎ難く
覚え候益(ますます)御清惶南山奉り候
陳ば当方全局平常
御休意下されたく将に長防
の一件当月五日既に
御打ち入りの御決定仰せ出され
委敷(くわしく)文筆申し上げがたく候
宜しく御賢察然る処
簱下の藩鎮西に
只欠伸東下帰府
促し候耳(のみ)密に国家の
興廃を知らず無用に
高禄貪り詰る所
自身に大害の到る事
知らず小人と申しながら酸鼻
の到りに候なかんづく児嶋兄より
仰せ越され候趣委細拝承
尤も土方子より当方の儒生
は国家無用の者と申し
上げ候依って毎々御教訓
の御旨意謹んで恭順仕り候
尤も近来の剣客は命の如く
十に八九分は皆匹丈の死
これを遂げ是天下誹謗を
請け候御義に御尤もに存じ候併し
僕輩も彼党と同日の
御論にて甚だ恥入り候去りながら
管仲を知る者鮑叔也
亦僕は微賤貧身
隠然奇之のみ仁を知る者
是三堅契也僕自から
管子に相比し候には之なく候
えとも誠心志慮の
目的においては是髣髴
たると存じ候只々才微不学
不能のみ且度々
仰せ越され候御教訓私の身においては
千金に替え難く忝く拝承仕り候
尤も諸葛武侯戒子書に
学者恒静方は恒学
也非学無以広才非静
無以来学哲言諸兄
の戒書諸葛武侯と
髣髴たり僕においては
終身忘却致し間敷候
為者文武は国家大要
たる事僕少時よりこれを知る
併しながら文武は技芸
也全体の誠心才能を
これを造り大要を知る者也
文武衆人に卓越致し候
共当今事務危急
興廃に備え候事之無くば
寧(いずくんぞ)知らざるものこれ故当る也
既に番町剣客八丁堀の
剣士儒生の塩谷子は
詩文旁竹刀を玩(もてあそ)び徒(いたずら)に
高禄も費し実に大笑
の者共也僕は素より
微才不文候て言語は
拙し(つたなし)然りながら事直也
余は後便に譲り恐々
不具