読み下し

近藤勇書簡

原本画像を見る

目録を見る 目録を見る

幸便を以って甚寒相伺い候て
一筆啓上仕り候御一統
愈(いよいよ)御清健に御座渡らせられ
珎賀奉り候然れば當方
一向異儀無く罷在候間
憚りながらご心配下され間敷候
偖(さて)親共病中種々
御厚配の趣成され候段有難く
厚謝奉り候當節快全
の由伝聞仕り野拙において
安心仕り是全く諸賢兄
方の御世話と是亦有難く
存じ罷在候将に洛陽
形勢漸々穏成様には
之有り候共未タ天下御治定
相立たず之に依り大和の一騎(揆)
落去仕り候へば亦々但州
にて一騎蜂起いたし
夫是長藩においてハ
防禦の手段追々
伝聞仕り今日天下の
安危此一虚(挙)に之有り
心配罷在り素より野子事
不文武短才の事に候へ共
此躰を厭わず赤心を抱き
殆(ほとんど)是迄周旋仕り是非

大樹公御上洛進められ
其上天下の御治定
聢と御取極メ御英断
在せられ候様願居候折柄
両 御丸御炎焼
の由之に依り暫時御因循
の由残念に存じ奉り候就ては
町奉行永井主水正殿
去ル十九日御所施薬院
において面会数刻
周旋の物語いたし
夫より肥後守殿内小野
権之丞殿同道にて
御上洛周旋として
東下致され候亦夫々
諸侯よりも両三人宛
同様下向致し候之に依るも
急々御上京にも相成らず
候はゝ拙者事も其儀
周旋方にて年尾之内
下向致す可き哉斗り難く
萬々一野子東下の上
御因循にも相成候はゝ必々
絶命相成可くと存じ奉り候
併解(しか)し国家の危難よって
死生懸わり候儀は更々
厭候事御座無く候共
若亦御上京延引
にも相成候得ば亦々
天下喧囂にて遂に
国形危難に相成可き哉と
心配罷在候依ては
諸賢兄方にも此任
宜御推察下さる可く候
尤も関東表尽忠
報国新徴組の有志
方如何(いかが)相心得候哉去ル
二月中上京暫時滞京
直様東下仕其後
聊の御奉公周旋の
廉も相見えず是全ク
報国の義名偽り
候哉と存じ奉り候當節折柄
身命を抛ち周旋之有り
申す可くの節其儀に及ばず是
歎息致可く哉と存じ奉り候
且亦撃剣稽古場
所相替らず御厚配
成下され萬々有難く存じ奉り候
當節別して所々
御出精の由是亦貴兄
方の御骨折謝し奉り候
拙子義も白刃を凌キ
功成り名遂げ候上は必々
其家へ帰り撃剣
職相勤め度候間暫時
御厚情の程願入れ候
先ずは御用繁勤
に付乱筆御仁免下さる可く候
艸々不具
 
           近藤 勇
 
 佐藤様
 萩原様
 寺尾様
 蔭山様
 島崎様
立川
 中島様
 小島様
 宮川様
 稽古場
御一統様え
 
尚々時候御厭成され候様
存じ奉り候親共家族義共然る可き様
希い奉り候段々御禮申上度
心得罷在候へ共筆紙に
尽くし難く存じ奉り候いつれ帰国
の上萬々御禮申上ぐ可く候
且相損シ候刀御覧に入れ候
間御一覧の上拙筆御遣し置
下さる可く候以上
白刃の戦は竹刀の
稽古とは格別の
違いも之無く候間剣術
執行(修行)は能々(よくよく)致し置き
度事に御座候必ず御出精
願う所に候以上
〆 御一覧の上御名當に御遣シ
          下さる可く候
十一月廿九日出
 
御世話役
剣客     京師にて
御一統様    近藤 勇