はじめに

 鳥取県東伯郡琴浦町篦津(のつ)にある河本家稽古有文館において、『山下水』という巻子本一軸が新たに発見された。本書は出雲松江藩第二代藩主松平綱隆が『古今和歌集』を中心に四十七首の和歌を撰んで構成した私撰集である。これは『国書総目録』に「山下水 やましたみず 一冊 ○類 和歌 ○著 松平綱隆 ○写 宮書」と記載され、また『和歌大辞典』(昭和61・3 明治書院)にも、
 
山下水 やましたみづ 【江戸期私撰集】松平綱隆撰。写本一冊。成立年次
未詳。書陵部蔵の孤本。「男神、あなうれしやうましをとめにあひぬ」「女神、あなうれしやうましをとこにあひぬ」から藤原敏行の歌まで、古歌四七首を撰している。(島原泰雄氏執筆)
 
と記されている書と同内容のものである。現在進められている国文学研究資料館を中心とした河本家稽古有文館所蔵古典籍の文献調査に参加する中で、本書について調査する機会を得た。孤本とされていた宮内庁書陵部蔵本、および本書の書写者である綱隆側室養法院の関連資料を検討した結果、これまで存在が知られていなかった稽古有文館蔵本こそが養法院真筆本であり、書陵部蔵本は後の転写本だと考えられるため、本文翻刻とともに内容の紹介を行うものである。
 河本家は、初代河本弥兵衛隆任は尼子家重臣、三代長兵衛は堀尾忠晴の娘、菊姫を娶ったと伝えられる家である。五代弥三右衛門の時、篦津に転居。十三代芳蔵が家宅に「稽古有文館」の館号を付けた。鳥取県指定文化財となっている河本家住宅は、貞享五年(一六八八)の建築。歴代の当主は、大庄屋などを務めることが多く、八百点以上の古典籍や数千点に及ぶ古文書が所蔵保管されている。
 古典籍に関しては、原豊二・山藤良治氏により大まかな調査が施され、八〇七点四七一九冊の蔵書が報告されている(1)。和歌・俳諧・軍記ほかの文学書や漢籍類から、科学・経済・医学などの実用書にいたるまで内容は多岐にわたるが、近世期の版本がほとんどである。その後、国文学研究資料館を中心とした文献調査によって新たな資料が発見されており、本書もそのうちの一つである。まずは本書の書誌を紹介する。