三 書陵部蔵本の書誌

 次に、書陵部本の書誌を紹介した上で、二本の関係を検討する。宮内庁書陵部蔵『山下水』は写本一冊(鷹 四八七)。料紙は楮紙。装丁は袋綴。縦二二・四㎝、横一五・六㎝。表紙は紺色、蜀江錦文様。右上から右下にかけて整理状況を示す貼紙が三種あり(上から「興(朱)三千五百廿五号/寫本壱冊興印ノ/筺納ル」、「乙(丙を抹消して重書)845 架29 號32」、「圖書寮 番號43920 册數1 函號 □鷹487」)。外題は表紙中央に打付書きで「山下水松江城主述作全」(朱)と記される。内題は「山下水」。1丁表に「鷹司城南/舘圖書印」(朱、五・八㎝×三・三㎝、子持枠)の蔵書印が存する。紙数は全10丁(墨付丁数8丁、遊紙後2丁)。縦一七・九㎝、横一二・七㎝の匡郭および界線(印刷)あり。一面十行、和歌は一首一行もしくは二行書き。
4丁以降に汚れが存するが、虫損等は少なく保存状態は良好である。
 本文中には五箇所の墨書による書き入れがみられる。
 
1丁裏2 網はりわたし
2丁裏8 こののはとのイ     みつはよつ葉
4丁裏10 舟にのるとて
7丁表1 言葉を永ふし
 
また1丁裏2上欄には、右に示した字体明記のための書き入れに加え「アミ」(墨)という頭注がある。さらに7丁表4の「侍従綱隆君」
の頭注として「越前一族出雲國松江城/主二代侍従従四位下/兼出羽守源綱隆」(朱)という記述もみられる。
 本書にも、稽古有文館本にみられる養法院の跋文が存するものの、末尾の「養法尼識焉」の部分、および二種の朱印はみられず、次のような朱書による書写奥書がある。
 
従保実朝臣一覧
此一冊本紙一巻為便覧豊泰書写
   安政二年弥生十八日  (花押)
 
これによって書陵部本は、安政二年(一八五五)三月十八日、「保実」よりもたらされたもとは巻子本だった書を、「豊泰」が閲覧の便を図るために書写し、現在の体裁に仕立てたものであることが判明する。「豊泰」なる人物は今のところ確認し得ていない。「保実」は、「高松保実」〈文化十四年(一八一七)~明治十一年(一八七八)〉でれば時代的に一致する(5)。
 また、『養法院実筆和歌集』にも存した前述の特徴的な「に」の字体が、書陵部本でも稽古有文館本全四例のうち一箇所で一致する(6)。よって書陵部本は、養法院真筆本である稽古有文館本、もしくはその形態を留めた本により転写されたものであると考えられる。
 本稿末尾に掲げた『山下水』の翻刻では、二本の異同も示している。その異同の多くは、書陵部本の脱落・誤字によるものだが、中には稽古有文館本の補入箇所を正しく訂したものや、脱落を補ったと思しき箇所も存する。