この古墳は現田中町・大神町付近に散在したと考えられる古墳群の一基で、昭和50年(1975)に発掘されました。「浄土」は旧田中村の字名です。
築造年代は7世紀後半と推定され、封土[注1]や周溝は認められませんでしたが、河原石積みの竪穴式横穴石室(全長約6メートル)の遺存状態も良好でした。石室内からは金環(耳飾り)が二つ出土しています。
発掘後は石室内に砂を埋めて崩壊を防ぐ処置を施す一方、石室の上部は露出しており、市域では唯一形態が見える古墳です。
[注1] 封土(ほうど) …… 葬墓の上に土を盛り上げた墳丘。