旧殿ヶ谷分水取水口跡

  • 【所在地】JR拝島駅付近(東京都福生市熊川1695番地先)
玉川上水エリア 近世の記憶

拝島分水取水口のすぐ下流の左岸。18世紀の初め、江戸幕府が新田開発を奨励し、現立川市西砂地区には殿ヶ谷、宮沢、中里の三新田が開かれました。この三つの武蔵野新田(村)のために享保5年(1720)に引かれたのが「殿ヶ谷分水」です。殿ヶ谷新田は現瑞穂町殿ヶ谷、宮沢新田は昭島市域の宮沢村、中里新田は現羽村市の人々が開きました。

昭和45年(1970)頃に通水は止まり、阿豆佐味天神社(立川市西砂町5丁目)までの水路は埋められました。水路跡は「殿ヶ谷緑道」として整備され、散歩コースとなっています。

  • 左岸に残る取水口跡(右岸から撮影)

    左岸に残る取水口跡(右岸から撮影)