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あらすじ・概要
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佐々木原善(ささきはらぜん 生没年不詳)は横手に農家の子として生まれ、絵が達者だったため、文化殿様としても知られた第9代横手城代戸村義敬、第10代戸村義通(とむらよしみち 1768~1854)の庇護を得て研鑽に励んだ。江戸に出て林稚瞻(はやしちせん 生年不詳~1792)に南蘋派(沈南蘋が伝えた中国の緻密で写生的な濃彩画)の絵を学び、更に長崎へと遊学して画技を磨く。その画法は戸村義通へも伝えられ、両者ともに南蘋派風の作品を後世に遺している。40代で再度上京するも、途中の埼玉県鴻巣で客死したといわれている。本作品は長崎遊学前の作品だが、墨画淡彩で描かれており詳細については不明である。秋田県のジャーナリズムの草分けである安藤和風(あんどうわふう 1866~1936)の所蔵だったが、後に秋田県立図書館へ「時雨庵文庫」として一括で寄贈された。
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