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その他の注記
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昭和31年9月下旬から一月半、文化使節として中国各地を旅行。永之介にとっては十数年振りの、そして最後の中国行きであった。手帳冒頭には9月20日羽田発、9月27日北京着、10月26日上海着、11月7日羽田着と大まかな行程が記されている。永之介は北京滞在中に催された、とある歓迎会で偶々隣に居合わせた、『李家荘の変遷』で知られる農民作家趙樹理にサインを求め、「有朋自遠方来 不亦楽乎 趙樹理」と書いてもらった。その紙が栞のように手帳に挟み込まれている。昭和19年、陸軍報道班員として徴用された際に書かれた手帳との大きな違いは、スケッチ量の差である。見開き100頁ほどの手帳の六割以上がスケッチで占められ、題材は風景、人物、動物、果物、建物、仏像、食器、家具と実に多岐にわたっている。中でも京劇の俳優像、食事をした際に描いたと思われる多彩な料理の品々が目を引く。
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