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その他の注記
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一度「お光様」(1953(昭28)年5月「群像」掲載)と書かれ、取り消した後、メモと書き改められた袋の中に創作ノート、メモ帳等が収められている。創作ノートの表紙には、それぞれ「八郎潟 32.11.20」、「髙野長英 一九五二・四・一八起」と記載さている。またメモ帳の表紙には「三一・六・二九 あっせん所の話」と記載されている。この他、1955(昭30)年3月10日付けの東奥日報、戦前の八郎潟干拓計画の経緯を原稿用紙に時系列でまとめたメモ等がある。「八郎潟 32.11.20」と書かれた創作ノートには、1958(昭33)年1月から12月にかけて「地上」に連載された「消える湖」の大まかなストーリー、主要登場人物(耕二、アヤ、野村竹治等)の設定等が記されている。「髙野長英 一九五二・四・一八起」と書かれた創作ノートからは、蛮社の獄により悲劇的な死を遂げる幕末の蘭学者髙野長英の伝記小説を構想したものの、何らかの理由で頓挫したことが2頁満たない記述から読み取れる。「三一・六・二九 あっせん所の話」と書かれたメモ帳には、1957(昭32)年6月から10月にかけて「朝日新聞」夕刊に連載された「南米航路」執筆に向けて、永之介が綿密に取材した内容が事細かに記されている。
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