旭川市/旭川のあゆみ

タイトル

地図で比べる旭川

「いま」と「むかし」の地図で
まちの移り変わりを知ることができます


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「いま」と「むかし」を地図で比較

  • 「いまの地図」に「むかしの地図」を重ね合わせています
  • 地図を濃くしたり薄くしたりしながら
  • 建物や河川など「いま」との違いを探してみましょう
  • ポイント地点をクリックすると関連写真を見ることができます
  • ※「むかしの地図」は大正15年と昭和33年を選ぶことができます
まちのうつりかわり令和7年

まちのうつりかわり

明治から令和まで6枚の地図を重ね合わせています
地図の年代を変えながら
河川・道路の変化やまちの広がりなど
まちのうつりかわりをみることができます

重ねた地図の紹介

『旭川市全図』(大正15年)

いまからおよそ100年前の大正15年は
旭川が「市」になって間もない頃です
地図の中央「常磐公園」(※地図表記は「盤」)
の南側を流れる牛朱別川は現在と場所が異なりました
この頃は蛇行が激しくしばしば洪水を起こしており
これを解消するため昭和5年から昭和7年までに河川の切替と埋立の工事が行われました
その後に整備されるロータリーをはじめ
現在のまちの形成に大きく関わる変化を
この地図との比較から知ることができます

『旭川市全図』(昭和33年)

いまからおよそ70年前の昭和33年は
昭和30年に神居村と江丹別村が旭川市に編入合併して間もない頃です
昭和36年以降、近隣町(永山・東旭川・神楽・東鷹栖)との合併により
現在のまちへ大きく広がっていく変化を
この地図との比較から知ることができます