学習 あさひかわのあゆみ
あさひかわのあゆみを、年表や地図、写真などを使ってわかりやすく学びます
山と川とアイヌのくらし
1806より昔
大雪山と石狩川の自然に恵まれた上川では古くから人々の営みがあり、 ここに暮らすアイヌは石狩川上流のこの地をペニウンクルコタン(川上にいる人たちの村)と呼んだ

- 約20000年前 ~ 約9000年前(先土器 時代 ) 石器 を用いて狩猟 と採集 によって食糧 を獲得する生活
- 約9000年前 ~ 約600年前(縄文 時代 ) 土器 を用いて食糧を調理・保存する生活になり 同じ場所に長く住むようになる
- アイヌの起源
についてはいくつかの説があり定かではない
アイヌ文化は14世紀ころに形成されたといわれている
調査と開拓
1807-1889
江戸時代末期、ロシアを警戒した幕府は蝦夷地の調査を開始
明治政府の調査で上川地方の開発が計画され、道路がつくられた

- 1807(文化 4)江戸幕府、蝦夷地 を直接の支配下におく
- 近藤 重蔵 、上川を調査する
- 1857(安政 4) 松浦 武四郎 、上川を調査する
- 1869(明治 2) 明治政府、蝦夷地を北海道とする
- 1872(明治 5)高畑 利 宜 、上川を調査する
- 1877(明治10)鈴木 亀 蔵 、和人で初めて上川に住み交易を営む
- 1882(明治15)岩村 通俊 、上川に北京 を設置することを政府に申し立てる※
- 1885(明治18)岩村通俊、近文山から上川を国見する
- 1886(明治19)高畑利宜、囚人による上川道路の工事はじめる
- 1889(明治22)総理 大臣 、上川に離宮 を設置することを通達※
- 1890(明治23) 上川道路が完成する
- ※北京も離宮も実現はしなかった
旭川の誕生
1890-1897
上川の発展のため、旭川など3つの村がおかれ、屯田兵が移り住み、兵隊の訓練をしながら森を切り開き、農作物をつくって暮らした
- 1890(明治23)旭川・永山 ・神居 の3つの村がおかれる
- 1891(明治24)永山村に屯田兵がおかれる
- 1892(明治25)旭川村に屯田兵がおかれる
軍隊のまちとして
1898-1945
旭川に鉄道が開通し、陸軍の第七師団がおかれると、まちに入ってくる人や物が増えて、商工業が発展した
戦争が続き、国民に協力が呼びかけられるとしだいに品不足などで生活は苦しくなった

- 1898(明治31) 鉄道が開通する(滝川から旭川の間)
- 1899(明治32)第 七 師団 を旭川に移す工事が行われる
- 1900(明治33)旭川町に改称する(1902年一級町村制施行)
- 1902(明治35)氷点 下 41.0度を記録する
- 1904(明治37)石狩川鉄橋完成、第七師団長「旭橋
」と命名
日露 戦争 に第七師団送られる - 1911(明治44)旭川町徽章 (現旭川市徽章)を制定する
- 1912(明治45)レルヒ中佐 が第七師団にスキーを教える
- 1914(大正 3)旭川区 になる
- 1916(大正 5)常磐 公園 が開園する
- 1922(大正11)旭川市になる
- 1929(昭和 4)第1回慰霊音楽大行進が開催される
- 1931(昭和 6)牛 朱 別 川 の切り替え工事が完成する
- 1932(昭和 7)満州
に第七師団送られる
旭橋の架け替え工事(現在の旭橋)が完成する - 1940(昭和15)国策パルプ旭川工場の操業開始する
- 1941(昭和16)太平洋 戦争 に第七師団送られる
- 1945(昭和20)日本の無条件 降伏 、第七師団解散する
戦後からの出発
1945-1965

敗戦した日本では国民中心の国づくりがはじまり、旭川ではしばらくは食糧や住居の不足に苦しんだが、まちの合併などで人口が増え、役所や施設が次々と建設されるなど都市の基盤が整備された
- 1945(昭和20)師団 通 を平和通 と改称する
- 樺太 や満州などからの引揚者 の受入れを開始
- 1930(昭和21)市立図書館が開設される
- 1948(昭和23)北海道警察旭川方面本部が開設される
- 1950(昭和25)北海道 開発 大 博覧会 が開催される
- 1951(昭和26)旭川開発 建設部 が開庁する
- 1955(昭和30)神居村・江丹別 村と合併する
- 1958(昭和33)市総合庁舎(二代目)完成
- 1960(昭和35)第1回旭川冬まつりが開催される
旭川民衆 駅 (三代目駅舎)完成 - 1961(昭和36)永山町と合併する
- 1962(昭和37)陸上
自衛隊
第
2師団
が編成される
第1回旭川夏まつりが開催される - 1963(昭和38)東旭川町と合併する
拡大する都市
1966-1999
合併が終わると市域と人口が最大になり、まちには生活の豊かさを求めて様々な施設や交通機関が整備された

- 1966(昭和41)旭川空港が完成、東京便の運航がはじまる
- 1967(昭和42)旭山動物園が開園する
- 1968(昭和43)神楽 町と合併する
- 1971(昭和46)東鷹栖 町と合併する
- 1972(昭和47)平和通 買物 公園 がオープンする
- 1973(昭和48)旭川 医科 大学 が設置される
- 1975(昭和50)市民 文化 会館 が開館する
- 1979(昭和54)総合 体育館 が開館する
- 1981(昭和56)第1回旭川国際 バーサースキー大会開催する
- 1984(昭和59)スタルヒン球場がオープンする
- 1986(昭和61)大雪 アリーナが開館する
- 1990(平成 2 )道央 自動車道 、旭川鷹栖 まで開通
地方創生へ向けて
2000-
中核市として自治体の権限が拡大し、古い施設の建て替えや、まちの再開発が進む一方、少子高齢化と人口減少、グローバル化やデジタル化など、様々な社会変化を背景に、コンパクトで効率的な都市構造へ向かうなど、まちづくりの方向性が変化した

- 2000(平成12)中核市 となる
- 道央自動車道、旭川鷹栖~和寒 間が開通する
- 2003(平成15)平和通買物公園リニューアルオープン
- 2004(平成16)旭山動物園の月間 入園者 数 が日本一となる
- 2005(平成17)科学館「サイパル」開館する
- 2006(平成18)旭川空港初の国際 定期便 (ソウル線)就航
- 2010(平成22)北
の恵
み 食
べマルシェが開催され
市公式キャラクター「あさっぴー」公開 - 2011(平成23)JR 旭川駅新駅舎(四代目)全面開業
- 2014(平成26)駅周辺 開発 事業「北 彩都 あさひかわ」完成
- 2015(平成27)あさひかわ北彩都ガーデンオープン
- 2020(令和 2 )新型コロナウイルス感染症
、感染広がる
(2023年5月指定感染症2類から5類へ変更) - 2023(令和 5 )市役所総合 庁舎 の建替 新築 工事 が完了する
- 2024(令和 6 )陸上 競技 女子やり投げ北口 榛 花 選手 の金メダル凱旋 パレード開催する
- ユネスコデザイン都市会議において「デザイン都市旭川宣言」が承認 される


