解題・説明
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白虎隊士の精神に深い感銘を受けたローマ市より昭和3年(1928)に贈られた白虎隊記念碑(ローマ碑)で、飯盛山白虎隊墓前広場の東南隅に建っている。高さ約8m50㎝、幅約2m、重量25tある。 この碑の円柱は赤花崗(せきかこう)で、ベスビア火山の噴火で埋没した、ポンペイの廃墟から発掘された古代宮殿の柱である。ナポリより船荷として神戸港に陸揚げされ、外務省に寄贈されたのち、大倉財閥総帥・喜七郎の篤志によって会津へと運ばれた。旧制会津中学校をはじめとする各種団体の労力奉仕により飯盛山に引き上げられ、その際の引き揚げ跡の斜面に造成されたのが、178石組階段の参道であったともいう。 表面にイタリア語で「文明の母なるローマは白虎隊勇士の遺烈に不朽の敬意を捧げんがため、古代ローマの権威を表わすファシスタ党章のマサカリを飾り、永遠偉大の証たる千年の古石柱を贈る」、裏面には「武士道の精華に捧ぐ ローマ元老院及び市民より」と刻まれている。 昭和20年(1945)8月末アメリカ駐留軍の命によりマサカリが外され、ローマ文字で刻まれた文章も削り取られたが、昭和62年(1987)文章のみ復元された。この写真は、マサカリがあり文章が刻まれていることから、昭和3年から戦前にかけての写真だと思われる。
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