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目録ID mp750070-100070
タイトル 大寺村恵日寺
タイトル(カナ) オオデラムラ エニチジ
タイトル(ローマ字)
タイトル関連 絵はがき会津百景
タイトル関連(カナ) エハガキ アイヅ ヒャッケイ
タイトル関連(ローマ字)
欧文タイトル ENICHI TEMPLE AT OTERA MURA
タイトルに関する注記
作成者
作成者(カナ)
作成者(ローマ字)
出版・製作者 田中汎愛堂書店
出版・製作者(カナ) タナカ ハンアイドウ ショテン
出版・製作者(ローマ字)
製作年 明治33年~明治40年
製作年終
数量 1
形状
大きさ
大きさ(縦) 14.0cm
大きさ(横) 9.0cm
媒体
形態に関する注記
保存状況
縮尺
その他の注記 モノクロ
言語 日本語、英語
ISBN
ISSN
主題 磐梯山 恵日寺
主題(カナ) バンダイサン エニチジ
主題(ローマ字)
関連する地域・場所 磐梯町
関連する地域・場所(カナ) バンダイマチ
関連する地域・場所(ローマ字)
関連する人物・団体 徳一大師
関連する人物・団体(カナ) トクイツダイシ
関連する人物・団体(ローマ字)
内容年
内容年終
内容
内容(カナ)
内容(ローマ字)
解題・説明 慧日寺(えにちじ)の山門と本堂を撮影しており、山門に向かって右側にコートを着た男性が1人写っている。
慧日寺は徳一(とくいつ)大師が大同元年(806)に開いた、会津仏教文化発祥の地として栄えた最古の総合寺院で、磐梯山と号する。東北地方では開基の明かな寺院としては最古のものと知られている。明治になり、神仏分離で一時廃寺となったが、明治37年(1904)に再興した。
寺院の遺構は「慧日寺跡(えにちじあと)」として国の史跡に指定されており、「白銅製三鈷杵(はくどうせいさんこしょ)」は国の重要文化財に指定されている。
開山した徳一は東大寺、興福寺の僧だったが、都市仏教の堕落を避け、真の仏道を求めて会津に入り学問を広めた。唐の留学から戻った最澄(さいちょう)が伝統仏教を攻撃した際、反対論を展開したこと(三一論争)で知られる。
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 会津若松市立会津図書館
原資料の所在地
資料番号
管理記号 S8-エー9
カテゴリ区分 静止画
資料種別 絵はがき
資料分類(大分類)
資料分類(中分類)
資料分類(小分類)
文化財情報 国指定史跡「慧日寺跡」昭和45年12月4日
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参照データ
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自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳元の言語
権利関係・利用条件 CC BY(表示)
原資料の利用条件 貸出不可・館内閲覧のみ可
権利関係・利用条件に関する注記 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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緯度・経度・高度に関する注記
DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
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