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タイトル 三好長慶書状
タイトル(カナ) ミヨシナガヨシショジョウ
タイトル(ローマ字)
タイトル関連
タイトル関連(カナ)
タイトル関連(ローマ字)
欧文タイトル
タイトルに関する注記
差出・作成者 三好長慶
差出・作成者(カナ) ミヨシナガヨシ
差出・作成者(ローマ字)
宛先 権少輔
宛先(カナ) ゴンノショウ
宛先(ローマ字)
書写者
書写者(カナ)
書写者(ローマ字)
作成年 永禄3年(1560)4月6日
作成年終
数量 1通
形状
寸法
寸法(縦) 15.2cm
寸法(横) 41.4cm
材質
形態に関する注記
保存状況
縮尺
その他の注記 大東市指定文化財(第23号)
画像提供:大東市立歴史民俗資料館
言語
ISBN
ISSN
主題
主題(カナ)
主題(ローマ字)
関連する地域・場所 飯盛城跡(大東市・四條畷市)
関連する地域・場所(カナ)
関連する地域・場所(ローマ字)
関連する人物・団体
関連する人物・団体(カナ)
関連する人物・団体(ローマ字)
内容年
内容年終
内容
内容(カナ)
内容(ローマ字)
解題・説明 畠山氏と対立中の長慶が、権少輔(中沢清種)に対して、敵対する安見宗房が籠る飯盛城を牽制したことを伝えた書状です。文書の裏には、糊付けの跡があり、台紙などに貼られていたものと考えられ、その際に元々折紙の形態であったのが、下部と奥が切断され、今の状態になったとみられます。そのため、宛所の端と脇付が切り取られています。
内容は、まず相手の病状を気遣い、根来寺と対峙する和泉方面への対処を指示したことを記します。さらに、軍勢を率いて飯盛城を打ち廻り、帰城した後、淡路へ渡海することになったため、藤岡直綱を派遣するとの意を伝えています。当時の長慶の行動履歴として、二月には和泉へ出兵、四月三日に堺から河内十七箇所を経て、四日に芥川城に帰還。本書状の日付である六日には兵庫津へ行き、八日に淡路の洲本で、三好実休や安宅冬康と会談していることが、明らかになっています。奔走する長慶の様子が見て取れ、本書状中の軍事行動は、将軍義輝からも賞されています。
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 大東市
原資料の所在地 大東市立歴史民俗資料館
資料番号
管理記号
カテゴリ区分 書簡
資料種別 古文書
資料分類(大分類)
資料分類(中分類)
資料分類(小分類)
文化財情報
IIIFマニフェストURL
参照データ
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自治体史掲載
出版物・関連資料
翻訳元の言語
権利関係・利用条件 二次利用不可
原資料の利用条件
権利関係・利用条件に関する注記 本資料は大東市が所蔵しています。二次利用などについては大東市生涯学習課にお問い合わせください。
大東市生涯学習課:072-870-9105(文化財グループ)
緯度・経度・高度に関する注記
DOI
既刊目録名
デジタル化の経緯に関する注記
原資料の所在地
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