解題・説明
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青山家菩提寺の梅窓院(東京都港区青山)の過去帳である。青山氏は徳川氏の三河以来の譜代大名である。九代の青山忠成(ただなり)は家康に仕えて関東総奉行に任ぜられ、関東領国経営に優れた手腕を発揮した。忠成の次子忠俊(ただとし)が宗家として丹波国篠山藩(兵庫県多紀郡篠山町・五万石)藩主を継ぎ、その弟幸成(よしなり)が分家として丹後国宮津藩(京都府宮津市・四万八千石)藩主となった。幸成が郡上青山家の初代であり六代幸道(よしみち)の時、郡上藩主として入部し、以後七代100余年間この地を統治した。(参考 石田正之輔、高橋教雄、寺田敬蔵『復刻 郡上郷土史料・解説』郷土出版社 1992年)
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