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函館市/函館市地域史料アーカイブ

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函館市史 通説編 第二巻 (杉浦誠と開拓使運上所)

杉浦誠と開拓使運上所 函館は、維新後、外国貿易不振ということの外、設備不良、税関事務役人の無知無能もあり,その開拓使運上所の事務執行ぶりについて、函館商工会議所発行の『函館経済史』は、次のように述べている。,右は幕府時代、幕吏が商品を運上所内に送致する事を忌避したためで、即ち、官庁は文書事務に従事する処であり / 杉浦誠と開拓使運上所
函館市史 通説編 第二巻 (五稜郭占拠)

この間の動きについて運上所の日誌である「外国人ニ関スル件・一一六」(道文蔵)には、  ,合田甚太郎             一 運上処へ呼上ケ相成候名前  大藤、本郷を初め十人(全員箱館府の運上所役人,          名主中           (「南部藩島忠之丞探索書」『復古記』)    また、運上所詰,多分ハ脱走致渡海遁レ候得共、尚市在ニ居候者モ有之、右ハ取調ノ上帰役モ可申付候間、当人ハ勿論所々ノモノ共運上所,ニオイテハ厳重可申付候事  右ノ趣市中、村々ヘ不洩様早々可相聞触候 以上     辰十月二十七日  運上所
函館市史 通説編 第二巻 (保税倉庫のはじまり)

明治2年の改正はアメリカ人トーマス・ホッグの意見を入れたもので、明治6年運上所が税関と称されたのちも継承,この倉庫の責任者は、各港運上所で、荷役費も運上所が支払っていた。,庫内荷役、引込みの荷役等を日本政府で引受けた関係上、各地運上所で下請人足と人足費の取極を為した」(前掲書,明治以降も「税関(運上所)の附属倉庫は外人本位の倉庫として存続し、上屋、爆発物倉庫、石油倉庫等の制も、
恵山町史 ([明治初期の尻岸内村の道路行政])

これらについて『新撰北海道史』には〈明治2年〉「これまでの通行関係の制度、旅人通行のための責任所であった運上所,を本陣と運上所脇の宿泊所を脇本陣と改め、交通上の一切の世話はここで行う」とある。  ,この運上所は松前藩時代、運上屋と称されており幕領時代に運上所と改められた。,箱館奉行直轄の村々では、運上所を会所と呼び「名主事務所が置かれ行政の中心」であった事は先述の通りである,尻岸内村運上所は会所、本陣と改称されたが従来通り名主事務所がおかれ、名主増輪半兵衛が村政を司っていたし
椴法華村史 (戦後の処理)

慶応三年(一八六七)の触書留は箱館運上所において再度行政事務を取り扱うことを次のように記している。,   六月朔日        觸書    今般當村府平定相成候就而者今十九日より裁判所代として於二運上所一諸事取扱候条市在一同末々至
函館市史 通説編 第一巻 (箱館港則と港湾施設)

混雑して種々の弊害が生ずるおそれがあるので、6月仮に弁天町高龍寺および山田屋寿兵衛宅を事務取扱所とし、運上所,を寿兵衛宅に置き、8月大町に建てた運上所事務室の落成を待ってここに移った。,万延元年7月には運上所波止場が竣工したので、外国船舶と陸地との交通、輸出入品の出入などはみなこれを通じて
函館市史 通説編 第一巻 (密貿易)

一人が甲板に据えつけられた家の中にいる運上所(税関)の役人をおさえておくためにさしむけられ、彼が船尾を,おもに、運上所(税関)の役人を眠らせるために、普通ラムやジンの壜や少量のアルコールを持っていった。  ,スターン(船尾)の下に固く縛りつけてある、大きなボートに大急ぎで積込み、港内に建てられていた運上所(税関
函館市史 通説編 第二巻 (運上会所設置と海岸道路普請)

さらに同年6月26日運上所附属土蔵建築地所の埋立が690両で、7月に土蔵2棟が1430両でともに伊勢屋伝蔵伊兵衛,万延元(1860)年7月1日運上所波止場が落成し、10月20日に全体で4551両をかけた運上会所産物会所建築工事,その後慶応二(1866)年に業務拡大と関連して「新規に築出運上所脇貸蔵地所等築立候ニ付、御入用金七千九百五拾五両余御増方,ひとつには、安政6(1859)年の「拝借地御用留」にみられるように運上所普請地の脇の藤野喜兵衛や井口兵右衛門
函館市史 通説編 第二巻 (大町築出地における分割問題)

これによると、当初10画のうち政府の所有とした6番の地所をロシア人ゴスケヴィッチに貸渡し、2番東南の半分を仮に運上所付改所,また、輸出入規則も定められ「築出し地にて船積並陸揚せる諸荷物は其所に取建置改所へ申立、運上所の波戸場は,運上所へ申立、改を請免状請取事」(文久元酉年従4月「大町築出地外国人江貸渡規則書」)とあるように大町築立地,の運上所付改所は運上会所と同様の機能を持つ場所となったのである。  
函館市史 通説編 第二巻 ([4 箱館府の施政])

1日から、榎本武揚らの旧幕府脱走軍の襲来により青森へ退避する10月25日までと、翌年脱走軍が降伏し、運上所
函館市史 通説編 第二巻 (乗組員の上陸)

また、船から逃亡して市中に隠れたりする水夫たちのことが運上所の諸記録にかなり見られる。,「市中の牢屋」や、「運上所の仮牢屋」、また「亀田の牢屋」という場所が使われている。
函館市史 通説編 第一巻 (貿易開始の準備)

安政6年外国貿易開始に先立ち、箱館奉行は、同年2月運上所および改船の旗印を決定するとともに、3月には運上所諸取扱手続
函館市史 通説編 第一巻 (畑作)

ところが外国人はその自由取引を望んでやまないので、同6年11月官ではその買上げをやめ、運上所手代左兵衛外
函館市史 通説編 第一巻 (箱館洋学所)

文久元年5月、箱館奉行は五八郎に命じて、運上所内に「稽古所」を設け、公務の余暇に英語を教授させた。
函館市史 通説編 第一巻 (市街の拡張)

役所正門から海岸に向かって広い坂道が通り、貿易港としての表玄関である運上所、産物会所および交易会所につき
函館市史 通説編 第一巻 (通貨の流失)

上、洋貨使用の不慣れや中国製のにせ物がまじっていたために歓迎されず、流通がすこぶる悪かったので、箱館運上所
椴法華村史 (明治二年)

ようやく箱館戦争終結   ◇箱館府から開拓使へ ・五月十九日 清水谷青森口総督(府知事)箱館に帰任、運上所
函館市史 通説編 第二巻 (箱館裁判所の内部機構)

権判事小野淳輔の名をもって「今一日当地諸政務総督府へ受取、外国事務ノ儀ハ拙者并別紙名前ノ者引受取扱、且ツ運上所,実務担当者の大半を占める旧幕府の属吏も、次のような基準で裁判所職員に任用され、市在支配や沖の口・運上所業務
函館市史 通説編 第二巻 (元組回漕会社)

回漕方は木村万平が取り扱っていたが、同月民間の荷物を積んだ咸臨丸が横浜から出帆しようとしたさいに同地の運上所
函館市史 通説編 第二巻 (弁天岬台場降伏と中島三郎助の抵抗)

11日の市街戦敗北で運上所や箱館の残兵および蟠龍艦の乗組員を収容した事により兵糧が欠乏、そのことが士気
函館市史 通説編 第二巻 (郵便役所設置前の函館事情)

」『維新日乗纂輯』)    (1)の史料は明治元年10月に箱館を制圧した旧幕府脱走軍の運上所掛,運上所が脱走軍首脳から逓送を依頼された手紙は、町会所を通じて(町会所からは請書を取る)且つ遠隔地は郷村継
函館市史 通説編 第二巻 (五稜郭開城)

5月19日、箱館府は運上所を裁判所代として諸事取り計らうことを布達(「明治物語」)、同時に南貞助名で各国領事
函館市史 通説編 第二巻 (機構改革)

ある役人は無之候間、大事件小事件共長谷部氏取極候権無之候はば、東京へ相懸合申さず候ては相成申さず候、運上所右様
函館市史 通説編 第二巻 (贋金・贋札の横行とその処理)

ついで同年10月、開拓使は函館人民にたいし所持している金札を運上所内の検札所へ持参して検査を受けるようにという
函館市史 通説編 第一巻 (新興仲買人)

売渡すわけであるが、その場合、当時の沖ノ口規定として、沖ノ口口銭2分を上納した上で、更に5分の口銭を運上所
函館市史 通説編 第二巻 (開拓使出張所の初政)

庶務掛、農政掛、金穀掛、外務掛、刑法掛、営繕掛、用度掛、沖ノ口掛、運上所、病院、産物掛、  函衛隊、
函館市史 通説編 第一巻 (諸術調所)

後年同所の蔵書の一部を運上所に移そうという動きがあり、その時の伺書の目録を見ると、人類学、動物学、計量関係
函館市史 通説編 第二巻 (脱走軍支配下の箱館)

翌十一日に金一件年寄ヘ談、都テ了解)」とあり、この時杉浦嘉七の5000両を始め総額1万両が臨時御用として運上所
南茅部町史 上巻 (東蝦夷地六箇場所)

蝦夷商賈聞書   一 松前城下ゟ東北之蝦夷地運上所 出物之品 人間境ゟ通江地迄書記申候     是
函館市史 通説編 第二巻 (役所の設置法令と実務の実体)

                 (山越内村到着は六月朔日)   今般当府平定相成候、就ては今十九日より裁判所代として於運上所,         (山越内村帳場「触書留」)   注 この触書は、箱館戦争終結後の明治2年5月19日に「裁判所」を運上所
函館市史 通説編 第二巻 (十月二十日)

清水谷知府事が運上所に出向いて午後2時から各国岡士へ脱走軍艦隊が入港した場合の処置(「見掛次第直様打払候筈
恵山町史 (榎本政権の統治)

いた)      觸  書  今般当村府平定相成候 就而者今一九日より裁判所代として  於二運上所一
函館市史 通説編 第二巻 (外国人居留地の性格)

また、運上所付蔵所もないのでこれも兼ねた大町の裏手海岸を2000坪埋立て蔵所にあて、余分の地は当所商人
函館市史 通説編 第二巻 (新しい商人層の台頭)

仲買商人が運上役所へ届書を出すと、運上役所へ詰めている問屋手代が、その届書を写し取り、運上所詰町年寄が
函館市史 通説編 第二巻 (開拓使の誕生)

などの報告を受け、8月22日「蝦夷地の行政組織はどのようにするのか、箱館における現在の最高責任者及び運上所業務
函館市史 通説編 第二巻 (脱走軍の外交)

デフアクトウの政府、現在政権を握れる新政府の義と定めたる旨を読聞せり」とあり、箱館奉行支配組頭として運上所
函館市史 通説編 第二巻 (函館支庁の事務分課)

「掛」には、農政掛(この後12月に民事掛と改称)、会計掛(4年12月金穀掛を改称)、刑法掛、外務掛、運上所掛
函館市史 通説編 第二巻 (旧制度の改廃と開拓使の流通政策)

また、明治2年には、場所請負制廃案の布達がだされたのをはじめ、箱館、寿都、手宮、幌泉の4か所への沖の口運上所
函館市史 通説編 第一巻 (生産者の動向)

候処、向後勝手売買差免し候条、来る九月廿日より時相場を以て正路に取引いたし、外国人に売込、直段、斤数共運上所
函館市史 通説編 第二巻 (米・露・英の領事)

4年から6年4月までにライスに渡した食料品・欠乏品代と家賃の未回収分をめぐる係争があり、ライスの方も運上所
函館市史 通説編 第二巻 (西洋形帆船の建造ブーム)

明治5年11月小林は常燈船として利用されたことのある信敬丸の払い下げを運上所に出願し(「評議留」道文蔵
恵山町史 (2、箱館六ケ場所の成立)

『蝦夷商賈聞書』 松前城下より東西之蝦夷地運上所 出物之品 人間境(和人地)より通江地(蝦夷地)迄 
函館市史 通説編 第二巻 ([目次])

のはじまり/官有倉庫/函館の官倉と営業倉庫   二 函館税関の倉庫、上屋…603    杉浦誠と開拓使運上所
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