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函館市/函館市地域史料アーカイブ

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函館市史 別巻 亀田市編 (その後の札幌本道)

明治十三年十一月二十八日付『函館新聞』によれば、函館の金子利吉は、海岸町若松橋より亀田村境までの道路が,また、『明治十六年亀田郡役所伺届録』によれば、金子利吉は再び自費をもって道路を補修した。,前記のごとく海岸町若松橋付近から桔梗までの道路を金子利吉が二か年に分けて修理の奉仕をしているのである。
函館市史 別巻 亀田市編 (瓦と煉瓦)

その後嘉永年間(一八四八~一八五三)金子利吉は茂辺地で原料に使用すべき土を発見し、製造したが良品を得られず,金子利吉(能登出身、弘化四年箱館に移住した。
函館市史 通説編 第一巻 (瓦)

瓦 瓦の製造は、すでに弘化4(1847)年、能登国珠州郡の人金子利吉が箱館に来て、茂辺地で瓦焼きを始
函館市史 通説編 第二巻 (その他の製造業)

その他の製造業    表9-10 金子利吉の売上高 年次 数量 金額 明治 , 志海苔で発見された古銭入りの珠洲甕の産地である能登珠洲郡飯塚村から、弘化4(1846)年に渡道した金子利吉,金子利吉に少しおくれて、慶応2(1866)年、平一が同じく亀田村大川通りで瓦・煉化石の製造をはじめるが
函館市史 通説編 第二巻 (書籍館の建設)

そこで、金子利吉、林字三郎、平田兵五郎、渡辺熊四郎が函館区共有書籍庫建築委員に任命されて広く寄付金を集
函館市史 別巻 亀田市編 (亀田新道台場・瓦野台場)

「瓦場」とあるのは、現在の旧専売公社工場裏から亀田病院裏手に至る高台一帯で、安政四(一八五七)年から金子利吉
函館市史 通説編 第二巻 (煉瓦石・瓦)

金子利吉の没後(明治29年)は、平工場の製造額が上回り、36年には平分工場を開いた。
函館市史 通説編 第二巻 (初・中等科併設校)

その後入学希望者も増えて学校新築の気運が起こり、金子利吉をはじめ沖田・三上・荒井ら8名が発起人となって
函館市史 別巻 亀田市編 (役宅)

役宅の建設は中川伝蔵と源左衛門が行い、役宅使用の瓦は『函館案内 全』によれば、金子利吉が製造したものを
函館市史 別巻 亀田市編 (函館大火と煉瓦建築)

なお、このころ生産されたものは煉瓦や瓦ばかりでなく、水筒、花瓶、燈籠なども金子利吉によって作られており
函館市史 通説編 第二巻 (区会の討議)

そこで金子利吉は、「僅カ百円内外ノ経費ノ為メニ書籍館を閉ツルハ、甚タ遺憾トスルコトニシテ、此館ヲ創立スル
函館市史 通説編 第二巻 (北海自由党結党後の活動)

#160;  表2-60 北海自由党脱党者名簿 氏名 「函新」記載月日 及川弥三郎 小橋栄太郎 金子利吉
函館市史 通説編 第二巻 (町区総代人制の導入)

筒井駒吉 4小区 豊川 真砂 池田 巳之吉 池田治右衛門 5小区 龍神 西川      ○ 金子利吉
函館市史 通説編 第二巻 (区会議員選挙と臨時区会)

渡辺熊四郎 87 今井市右衛門 67 5 田中兵太郎 119 山本鉄次郎 109 武富善吉 104 金子利吉
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