幕府の条約草案

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 ともあれ、こうして第1回の日米会談は終了したが、その後2月17日、応接掛は、先にペリーが提出した日米修交通商条約草案に対する日本側の対策ともいうべき条約草案(漢文)とその主意を記した書簡(漢文)をペリーに提出した(『幕外』5-131・132)。この条約草案は、外国との最初の条約の草案であったためか、タイトルも単に「条約」とあるのみで、前文もなく、日本側の考えを7か条に列記したものにすぎなかったが(但し応接掛林・井戸・伊沢・鵜殿4名の連署・花押あり)、その主たる内容は、(1)明年1月より長崎において薪水・食料・石炭及び欠乏品を供給する。5年後他の1港を開港する。(2)合衆国船が日本のいかなる地で難破しても、漂民は海路長崎に護送し、漂民の所持品は本人に返還する。ただし5年後、他港が開かれた時は、漂民は便宜によりその港か長崎に送られる。(3)漂民が良民か海賊か確かめえないので、漂着地においてほしいままに徘徊してはならない。(4)長崎は中国人・オランダ人の居留するところで、旧例をにわかに変えがたいので、合衆国人が長崎に行った時は、勝手に上陸することを許さない。(5)他港が開かれたのち、他の必要品があるか、または取り決めを必要とする場合は、双方で慎重な協議をすることを要す。(6)琉球は遠境に属するので、その開港について今協議することはできない。(7)松前もまた遠隔の地で、かつ世襲の侯がいる地(和文では「松前家之所領」)なので、開港の件は協議できない。明春アメリカ船が長崎に来航するのを待って、おもむろにこれを議す(和文では「来春長崎渡来之船ヘ治定之返答可致事」)。というものであった(『幕外』5-132)。
 また、上記の条約草案に添付されたペリー宛応接掛書簡(和解)には、「十日対談之折心得之為被差出候貴国と唐国との申極書(望厦条約写)、翻訳之上一覧致し候処、当節右同様の振合にて、双方取極致度との趣にも可之候得共、昨年被差出候其国主書翰報答之心得にて、当十日通達致し候、貴国政府之志望は、悉く許容し難し、其次第は右通達(大統領親書への返答書)中に有之候」(( )内注引用者)としたうえで、「貴国の志望無余儀次第ニモ候ヘ共、逸々取行候時節に無之、依之其中薪水食料石炭破船難民救助并船々欠乏の品手当之儀は、拠なき事なれハ、此度許容に及候迄にて、今唐国同様之振合に取極いたし候時宜に至らず、且我国は、其風俗外国に異なり、其情も亦同じしからされは、今俄に旧法を改め、万国諸州の風儀に習ふは難かるへし……就ては来春正月より長崎に渡来ありて、石炭薪水等を求むへし、然れとも其品物にハ、好むと好まさるとあり、価の高下もひとしからされは、夫等をさためし試ミて、五年を経別地に港口相開き、追々貴国の船渡来候様可相成候、然れハ別紙(条約草案)取極箇条相立、承伏之上は、双方書面取替候事」(( )内注引用者、『幕外』5-131)とあった。
 このペリー宛応接掛書簡が端的に示している如く、日本側の条約草案は、基本的には大統領親書に対する回答書の内容を基調として作成されており、したがって、薪水・食料・石炭及び欠乏品の供給と漂民の救助の2つを骨格としたものではあったが、5年後に長崎以外の他の1港を開くことを明言していることや、貿易を拒否しつつも、(5)で将来貿易の可能性をにおわせているなど、ペリー側の要求に一歩歩みよった内容になっていることは注目されてよい。
 さらにここで注目しておきたいことは、日米交渉開始以来、長崎以外の琉球・松前の名が具体的に登場したのは、この条約草案が最初であり、しかも両地の開港にかかわる表現が、相手の提案に対する回答ともうけとれるような表現になっていることである。(6)(7)の条文がいかなるいきさつで記されたのか詳らかでないが、当時の日米交渉のあり方からみて、相手から要求もされないのに、応接掛が条約草案にわざわざ両地の件を記すとは考えられず、しかもそれが開港拒否の表現であってみれば、2月17日以前にペリー側から何らかの具体的要求が行なわれ、それをふまえたうえでの文言と理解した方がよさそうに思える。とはいえ、現在のところ、管見の限りではこれを裏付けしうる具体的記録は見当らない。ただ、ペリー側の通訳として活躍したS・W・ウィリアムズの日記の3月10日(安政元年2月12日)条に「昨年の書翰〔大統領の書翰〕では一港の要求であったのが、ペリーは今や五港を要求している」(ウィリアムズ著・洞富雄訳『ペリー日本遠征随行記』、以下『随行記』と略す)とあることからすれば、2月17日以前に既に5港の開港を要求していたことが判り、この5港の中に琉球・松前が含まれていたとも考えられる。いずれにしても、日本側の条約草案に、琉球とともに松前の名が記されていたこと(但し、内容は両地の開港を拒否したものであるが)は注目されてよいであろう。