明治26年4月の区会決議により、公立函館書籍館は函館区共有文庫と改称され、函館教育協会の手を離れて、函館区共有財産管理委員の下に移った。ここにおいて、思齊会以来の宿願としてようやく開館にまで至った公立書籍館は多くの蔵書を収容した単なる「書庫」としての存在でしかなくなった。その後、函館教育協会内においても再び書籍館経営が検討されたりはしたものの、『函館区史』によれば、「再興謀りしも未だ成らずして四十年被災」と記されているように明治40年の大火に遭い、函館区共有文庫は焼失してしまったのである。
書籍館の閉鎖