戦時下の配給量

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 当時、米、味噌、醬油などは配給制であったが、一日の配給量は次のとおりである。

[戦時下の配給量]

 亀田村では馬鈴薯のほかにとうもろこしなどの雑穀も供出したが、昭和十八年の亀田村の米の供出状況は次のとおりである。
 
  供出割当量     六、一二五俵   三月末迄の供出数量 四、六三五俵
  四月中の供出数量    三一三俵   供出数量合計    四、九四八俵
  今後供出すべき数量 一、一七七俵   供出割合      八一%